[#表紙(表紙.jpg)] 本を読むわたし My Book Report 華恵 目 次  I Like Me!  Deputy Dan and the Bank Robbers  Goodnight Moon  Madeline  Yo! Yes?  Green Eggs and Ham  きつねの話「てぶくろを買いに」「きつねとぶどう」  はせがわくんきらいや  ぼっこ  シューマン  小さき者へ  ココナッツ  卒業  非色  あとがき  この本に登場した本 [#改ページ]   I Like Me!  国際子ども図書館の中で、本を抱えて笑っているわたしがいる。  ついこの間撮った写真なのに、なぜか懐かしい。撮影ではいつも「大きく笑う」のが苦手で、ついガチガチの笑顔になってしまうのに、この時は全然ちがっていた。たくさんの本に囲まれて、自然に嬉しさが表情に出ている。さっぱり・はっきり・すっきりとした顔。「これがわたしだ」と思える。  四歳の頃のわたしにそっくりだ。  家の壁にコラージュのように貼ってある写真の中で、わたしは明るく自信たっぷりに見える。心配事なんか何ひとつない。『アイ・ライク・ミー!』('I Like Me!') に出てくるブタの女の子そのものだ。 『アイ・ライク・ミー!』は、わたしが生まれて初めて買ってもらった本だ。表紙には、両腕を広げて、「アイ・ライク・ミー!」と嬉しそうに叫んでいるブタの女の子がいる。主人公であり、唯一の登場人物だ。どのセンテンスも一人称の「アイ」で始まるから、名前は知らない。それで、わたしは勝手に「ピギーちゃん」と名づけた。日本語だと「ブーちゃん」になるかもしれない。でも、「ピギーちゃん」の方がこの子に合っていると思う。  この本に出会った時、わたしはまだほとんど字が読めなかった。お兄ちゃんは小学一年生で、'All I Can Read' というシリーズの中から、自分で読めそうな本を一週間に二冊ぐらいずつ買ってもらっていた。すらすら声を出して読めるようになったら、本の内側に自分の名前を書いて、読書記録に加えていく。でも、わたしは本を読んでもらうだけだった。  夕方になると、よくお母さんとお兄ちゃんと本屋さんに行った。二人が本を選んでいる間、わたしも自由に好きな本を見ていいことになっていた。絵本が並んでいる棚には、大きいのや小さいのがバラバラに入っていて、どれがどれだかさっぱりわからない。だから、わたしは、いつも自分でつかめるだけの本を取り出して、フロアーに座って目の前に広げた。 『アイ・ライク・ミー!』がその中にあった。表紙がすごくかわいい。それに、薄くて小さくて四角で、お兄ちゃんが買うのと同じぐらいの大きさだから、もしかして、頼めば買ってもらえるかもしれないと思った。 「これ、買って」  わたしは、お母さんのスカートを引っ張って言ってみた。本を買って欲しい、と言ったのは初めてだったと思う。だから、はっきり覚えている。  お母さんは、「え?」とちょっと驚いて、首を傾げて言った。 「ハナエにはまだ早いよ。ピクチャーだけじゃないんだから。ほら、ABCがいっぱい書いてあるでしょ?」  はっきりと「読めない」とは言わないけれど、わたしにはムリ、ということだ。確かに、アルファベットがわからないと、「読む」どころじゃない。それは、わかっていた。 「なんて書いてあるの?」  わたしが表紙を見せて聞くと、お母さんは、人差し指でひとつひとつの単語をなぞりながら、「アイ……ライク……ミー!」と、最後の「ミー」にビックリマークをつけて発音した。 「ちょっと読んでみようか」  わたしの顔を見て、ニッコリ笑って言った。ついでに、「買わないけど」という一言を付け加えて。  お兄ちゃんも呼んで、三人でフロアーに座り、一ページ目を開いた。お兄ちゃんが「ぼくも」と言い、お母さんといっしょに声を合わせてゆっくりと読み始める。 「I have a best friend. That best friend is me!」(わたしには大親友がいる。それは、わたし!)  お兄ちゃんもお母さんもわたしも、同時に笑った。  ピギーちゃんは、こんなこともできる、あんなこともできる……と、自分のことを得意げに説明する。朝、目が覚めると、必ず鏡を見て、「おはよう、美人ちゃん」と言うそうだ。 「ハナエそっくりだね」  お母さんとお兄ちゃんが言う。  ほんとだ。鏡の中の自分に話しかけるのも、ぽっこり出たお腹も、バレエが大好きなのも、わたしに似ている。  ピギーちゃんは、落ち込む、なんて知らない。失敗しても、また立ち上がって何度もトライする。何があっても、「わたしはわたしに変わりないから」と言う。最後のページでは「And I like that!」(そんなわたしが大好き!)と、大きなハートの中でピギーちゃんがにっこり笑っている。 「おしまい」  お兄ちゃんが本をパタンと閉じて言うのと同時に、決めた。 「買って!」 「え? 今、読んだじゃない」  お母さんがびっくりして言う。本屋さんに来て買うのは、いつもお兄ちゃんのリーディング用の本だけだった。わたしの場合は、本を買ってもらうんじゃなくて、ここで本を読んでもらうだけだ。いつもそうだった。絵本は、一度読んでもらったら「おしまい」だから、それを買って欲しいと言うこと自体、うちの「ルール違反」だというのはわかっていた。でも、わかっていたけれど、言ってみた。 「買って」 「欲しいの?」 「うん、買って」 「いいよ」  なんと、あっけなくOKが出た。今までずっと図書館の本ばかりだったのに、自分の本を買ってもらえる。初めての、わたしの、わたしだけの本。  翌日、さっそくプリスクールに持っていった。先生に読んで欲しい本があれば、家から持って行っていいことになっていた。リーディング・タイムの時、先生が椅子に座り、わたし達がその前に集まって、床に座る。そして、静かになったところで、先生がゆっくりと読み始める。  わたしはいつもどおり、一番前に座った。ミス・ミア(先生)は、本を手に取ると、最初にゆっくりと表紙をみんなに見せた。 「これ、だれだと思う?」 「ハナーエ!」  クリストルがわたしを指差して言う。みんな笑ってウンウンとうなずいて「ハナエ!」と言う。わたしは首をツンツンと伸ばしてあごを突き出して、得意そうにみんなを見た。  ミス・ミアがゆっくりとページをめくる。最初の「アイ」をゆっくりと強く発音する。ミス・ミアの歌うような軽い声で読まれると、ピギーちゃんは、お母さんとお兄ちゃんに読んでもらった時よりも、やさしく可愛く見える。みんな、一ページごとに「かわいい」と言って笑う。そして、ミス・ミアが最後のページの最後のセンテンスを読み終えると、誰かが「I like that!」と繰り返した。 「I like that.」  どこにいてもどんな時でも自分らしくて、そういう自分が好き———。  いつもミス・ミアから言われていたことだ。わたしたちはひとりひとりが「スペシャル」で、いい子じゃない時でも、悪い事をしても、だいじょうぶ。神様はいつもわたしたちを愛してくれる。失敗しても気にしない。またトライすればいい。いつか、ちゃんとできるようになる。  プリスクールには、大好きな友達も先生もいるし、毎日楽しい。アメリカでのわたしは、ずっとそうだった。  ところが、日本に住むようになってからは、「元気で自信があるわたし」が、単に「うるさくて生意気なわたし」だということに気づいて、「自信」はバラバラと崩れはじめた。そして、「みんなと一緒」とか「みんなと同じ」がいい、と思い始めた。周りから浮いてるのは、不安だ。「わたし、わたし」と自分のことばかり言っているのは、聞いていてもウザイ。そう思うようになった。  それでもやっぱり、こうして、あの頃の自分が懐かしくなったり、うらやましくなったりするのは、自信のない自分があまり好きじゃないからかもしれない。失くしたものに対する愛着、かな。わたしを一番元気づけてくれるのは、あの頃のわたしだから。  気持ちが落ち込んだら、必ずピギーちゃんを思い出す。そして、しばらく、本を机の前に立てておく。  表紙のピギーちゃんが笑っている。両腕を広げて叫んでいるのは、わたしへの「フレー!」という応援。自信がなくなったら、不安になったら、必ずピギーちゃんが助けてくれる。 [#改ページ]   Deputy Dan and the Bank Robbers  毎年クリスマスが近づくと、アメリカにいるウォルター(お父さん)から本がどっさり送られてくる。何年たっても絵本ばかりだ。ウォルターにとって、わたしは六歳で止まったままなのかもしれない。小包の中には、小さい頃読んでもらった本が入っていることもある。  この間もそうだった。クリスマスにはまだ一か月以上もあるのに、一冊だけ速達で送られてきた。手紙には、「クリスマスに送る本は用意してあるけれど、思い出の本が出てきたから、これだけ先に送ります」と書かれてあった。  開けてみると、『デピュティ・ダン』('Deputy Dan and the Bank Robbers') だった。初めてグランマに会った時、読んでもらった本だ。  あの時は、わたし自身が小さかったから、本が大きく見えたのかもしれない。実際に手にすると、思っていたよりずっと小さい本だ。十年ぶりの再会。懐かしいけれど、ちょっと気まずい思い出がある。  グランマとグランパには、わたしが五歳の時、初めて会った。十一月のサンクスギビングの休みに、おじさん達三人がいるニューオーリンズにみんなで集まることになった。  ニューヨークを出る前、いつもどおり、図書館から絵本を借りて来た。ニューオーリンズまで車で行くのは二日がかりだから、途中で飽きないように、普段より多めに三十冊ぐらい借りた。グランマ達に見せようと思って、ニューヨークの写真がいっぱい出ている本も選んだ。  ニューオーリンズでは、グランマ達が先に着いて待っていた。最初は少し緊張していたけれど、みんなでアイスクリームを食べたり写真を見たりしているうちに、「よくしゃべるわね」とグランマに言われるくらい、いつものおしゃべりなわたしに戻った。  夜、ウォルターとお母さんが「友達にお土産わたしてくるから」と出かけたので、お兄ちゃんとわたしは、グランマとグランパと一緒にお留守番をすることになった。お風呂から出ると、グランマがわたしとお兄ちゃんを手招きしている。ニコニコ笑いながら、バッグの中から小さい本を取り出して言った。 「はい、二人とも前に座って」  グランマは、先生が読んでくれる時のように、本を立てて、表紙をわたしとお兄ちゃんに見せた。正直言って、あんまりおもしろそうじゃない。古くて薄っぺらな本。カウボーイの絵が描いてあって、テレビの「カートゥーンネットワーク」に出てくる古いアニメみたいだ。 「この本は、いつもビリーとデリックに読んであげてるのよ。二人ともこの話が大好きで、ジョークのところになると、毎回ゲラゲラ笑うんだから。今回は、モトイとハナエにも読んであげようと思って持ってきたの。絶対気に入るから」 「モトイ、ビリーとデリックってだれ?」  わたしがお兄ちゃんに聞くと、お兄ちゃんは、小さい声で言った。 「ぼくたちのいとこだよ。ハナエは会ったことないけど、ミシェルおばさんの子どもだよ」  わたしは、オクラホマに行ったこともないし、ミシェルおばさんにも直接会ったことはない。写真で見たことがあるだけだ。「いとこ」がいる、ということも知らなかった。 「グランマは、本読むの、あんまり好きじゃない、って聞いたんだけどな……」  お兄ちゃんはボソッとわたしに言った。 「なんで知ってるの?」 「ウォルターが言ってたよ。小さい頃、本なんて読んでもらったことがない、って。だから、今回も、グランマに『本読んで』なんて言わないように、って」 「ふーん……」  なんか、よくわかんない。目の前のグランマは、早く読みたくてたまらない、って感じなんだけど。  グランマは大きな声で「Deputy Dan and the Bank Robbers」(デピュティ・ダンと銀行強盗)とタイトルを読んだ。本文に入ると、ゆっくりと抑揚をつけて読みながら、ページをめくる度にわたし達の顔を見る。  お兄ちゃんもわたしも、黙って聞いていた。わたしは途中で飽きてしまったけれど、とりあえず、じっとしていた。  グランマは、最後のページを読み終えると、わたし達の顔を見て、一瞬、間を置いてため息をついた。 「おもしろくない?……もう一回読んでみる?」  お兄ちゃんがうなずいたので、わたしもマネしてウンウンと言った。  二回目、グランマはさっきよりも力を入れて読んでくれた。でも、やっぱりよくわからない。おもしろい、という感じじゃない。わたし達の反応がないのを見ると、グランマは本を閉じて、肩をキュッと上げて「Oh, well」と言った。  ちょうどその時、ドアが開く音がして、ウォルターとお母さんが帰ってきた。ウォルターは、グランマがわたし達に本を読んでくれたと聞いて、びっくりした顔をしている。お母さんも、「よかったねぇ」と言った。でも、グランマは、苦笑いをしながら、「あんまりおもしろいと思わなかったみたい。ユーモアが通じないみたいよ。この子達は、文化が違うのね」と言った。その時、わたしは、お母さんとウォルターのところに行って、「あのね、グランマが本を読むときって、カウガールみたいなんだよ」とひそひそ話をするように言った。そして、笑いながら、得意げに話し方をまねしてみせた。  悪気はなかった。ただ、笑わせようとしただけなのに、お母さんは困った顔をするし、ウォルターは怒ったのと悲しいのとが混じったような顔をして、グランマをちらっと見た。グランマは、ソファから立ち上がってキッチンに行くところだったから、聞こえたかどうかわからない。聞こえないフリをしていたのかもしれない。 「カウガール」は「カウボーイ」の女の子版で、言い方によっては、「田舎っぽい、訛りの強い、ダサい女の子」とばかにしてるようにも聞こえる。お兄ちゃんも、わたしのことを呆れた目で見ていたし、みんな黙ってしまった。わたしは、自分が言ったことがまずかった、と気づいたけど、もう遅い。  グランマがキッチンから戻ってくると、ウォルターはグランマに気まずそうに言った。 「この子達は、『デピュティ・ダン』のような話はよくわからないのかもしれないよ。図書館から借りてくる本も、学校で読ませるのも、エスニック的なものが多いし……」  グランマは、わたし達が図書館から借りた本を黙って眺めていた。大きなハードカバーの真新しい本が何冊も広げてあって、カラー写真の表紙が光ってる。グランマは、怒ってるという感じではなかった。それよりも、恥ずかしそうに、持ってきた本を隠すようにカバンにしまった。それで、わたし達を見て、力なく笑った。 「ニューヨークには、いろんな本があるのね。見たことない本ばかりで、グランマ、びっくりしちゃった。何も知らなくて、田舎の本を押し付けるようなことをして……」  わたしは、得意になって、グランマに「じゃ、どれ読む? このうちのどれがいい?」と見せ始めた。ちょうど、「クワンザ」と「ハヌカ」の前だったから、それについての本も持って来ていた。 「グランマ、クワンザって知ってる? アフリカンアメリカンのクリスマスみたいなものなんだよ。……知らない? じゃ、ハヌカは? これはね、ユダヤ人のお祝いなの。十二月はクリスマスだけじゃなくて、他のお祝いもあるから、ちゃんとおぼえなさいって先生から言われたんだよ」  ニューヨークには、ユダヤ人もアフリカ系アメリカ人も多い。うちの近くには、ユダヤ教の学校があって、頭に小さいお皿のような帽子をつけた男の人たちがたくさん通っている。そこのカフェテリアには、ときどきお母さんといっしょに行く。わたしは、グランマが「いろんなものがあって、おもしろそうね」と言うのかと思っていた。でも、そうじゃなかった。グランマは、明らかに戸惑っている。後でウォルターから聞かせられたのは、グランマが住んでいるところは、オクラホマの小さな町で、周りは白人ばかりだそうだ。アジア人なんていないし、黒人も見かけない。「ブラックは、ほとんどが線路の向こう側に住んでいる」という。ネイティブアメリカンも、離れた地域に住んでいる(住まわされている)。それと……特にグランパは、白人じゃない人はあまり好きじゃない、ということもわかった。  クワンザやハヌカの他に、わたし達が持って行った本は、メキシコからの移民の話とか、タイの昔話とか、ネイティブ・アメリカンの話とか……そんなのばかりだった。ずっと脇で新聞を読んでいたグランパは、黙ってテレビをつけた。それで、わたし達が本の話をするのは、そこで止めになった。  わたしは、本当は、グランマに見て欲しい本があった。ハーレムの様子を描いた本だ。わたし達が住んでいるところも、これでよくわかると思う。アフリカっぽい格好をしている人がたくさんいる。コリアンのグロセリーストアやベーカリー。ラテンアメリカの工芸品を売っているお店。日曜日に賑わうストリートフェスティバル。大きな教会も、わたしとお兄ちゃんのスクールも、お母さんの大学も、わたし達が住んでいるアパートもある。  グランマ、わたし達、こういうところに住んでるの。いちど、遊びに来て。……そう言いたかった。でも、いっしょに本を見るチャンスを逃してしまった。そのきっかけをつくった張本人は、わたしなんだけど。  次の日、みんなで食事に出かける時、何を食べるか、なかなか決まらなかった。わたしもお兄ちゃんもお腹がすいていたから、「早くして」と言うと、おじさん達の意見で、ニューオーリンズの料理を食べよう、ということになった。「おすすめのレストランがある」とおじさん達に言われて、みんなで行った所は、その土地の人しか知らないような、うす汚れたレストランだった。お客さんたちは、明らかにその場にそぐわないわたし達をジロジロ見ていた。  生ガキとか、辛くゆでたザリガニとか、いろいろ出てくると、グランパは眉をしかめて、「やっぱりステーキがいい」と言い、ほとんど食べなかった。  グランマとグランパは、普段から、変わったものや外国のものは食べないそうだ。それでも、グランマは、みんなに合わせようとして、慣れない手つきでザリガニの殻を剥いていたけれど、ちょっと無理してるのがわかった。二つだけゆっくりと食べた後は、手をパッパッと振り払って、それ以上は手をつけなかった。  ニューオーリンズでの一週間、何をしたのかよく覚えていない。夜は、グランマ達といっしょにテレビを観た。でも、お兄ちゃんもわたしも、夜テレビを観る習慣がなかったから、「好きな番組は何?」と聞かれてもわからなかった。わたし達がテレビを見るのは、昼間だけだし、ニューヨークで朝早く放送していた「セーラームーン」は、グランマは知らなかった。  同じアメリカの中なのに、ちがう。ニューヨークとは話し方も考え方も洋服も食べ物も、全部ちがう。  わたし達が持って行った本は、結局、一冊も読まなかった。お母さんかウォルターに読んでもらう、という気にもなれなかった。最初の日にわたしがグランマに変なことを言ってしまってから、みんな、なんとなく本のことはずっと避けていたんだと思う。  ウォルターが送ってくれた『デピュティ・ダン』の右上には「STEP Into Reading, Grades 2-3」(二・三年生向けリーディング)と書いてある。あの時は気がつかなかったけれど、お兄ちゃんがよく読んでいたシリーズだ。ひとつひとつステップアップして、だんだんレベルが上がっていく。お兄ちゃんのクラスでは、この中から何冊読めるようになるか、競争していたという。馴染みのあるシリーズのはずなのに、お兄ちゃんは、この本は見たことがない、と言っていた。  ぱらぱらと本をめくってみると、急に内容を思い出した。あの時はまだ、読んでもらうだけだったけれど、このくらいなら今のわたしでも読めそうだ。  最初は声を出して、それからだんだんと黙読になって……、あとは一気に読み終えた。今回、一人で読んでみて、内容もちゃんとわかった。ジョークの場所も。でもやっぱり、笑うほどではない。……というより、笑えない。あの時のわたしとお兄ちゃんがどういう気持ちだったのか、今ならことばにできる。  わたしはただ単に、話がよくわかってなかったんだと思う。グランマの話し方にばかり気を取られていて、内容を聞いてなかった。今は、読み返してみて、お兄ちゃんの気持ちが少しわかるような気がする。  この本は、デピュティ・ダンというマヌケな男の人の話。保安官という責任ある仕事についているのに、次から次へと言われたことをまちがえて、ボケみたいなジョークを言う。本人はジョークだと思っていないようで、いつものんきで、マイペースだ。しかも、デピュティ・ダンは、銀行強盗のジョークのような暗号を解読して、最後は犯人を捕まえてしまう。  おそらく、ビリーもデリックも、このデピュティ・ダンのボケを笑ったんだと思う。でも、何度もボケがつづくと、わたしは、もういいよ、と少しうんざりしてしまう。例えば、誰かがドアをノックするのを聞いて、ボスに「Answer the door」(———出なさい)と言われて、デピュティ・ダンは、ことばどおりに受け取って、ドアに向かって、「Hello, door」(ハロー・ドア)と言う。ボスからは、「ドアに話せって言ったんじゃない。ドアを開けろと言ったんだ」と怒られる。ボスから、「I smell something」(何か臭う)と言われて、デピュティ・ダンは、「I don't smell anything」(別に何も臭わないけど)と言ってしまう。すると、「そうじゃない、何か怪しい事が起きてる、って言ってるんだ」と、また怒られる。こういうジョークが最後まで続く。デピュティ・ダンは、ことばの意味がわからないボケとして描かれているけれど、ここに出てくるジョーク自体、わたしはあまり笑えない。キンダー(幼稚園)で、同じようなまちがいをする友達が何人もいたから。  英語を知らないと、聞いたことばそのままに受け取ってしまう。わたしのクラスの半分は、外国から来た子達だった。特に、エジプト人の女の子と中国人の女の子は、英語がぜんぜん話せなかった。最初は皆、親切に教えてくれるけど、だんだん英語が分かるようになると、遠慮なく「それ、ちがうよ」とか「おかしいよ」と言い始める。そこまではいいけれど、まちがった子を笑うと、先生にすごく叱られる。 「誰でもまちがうことがあるんだから、気にしないの」  先生からそう言われると、慰められてるはずなのに、本人は、恥ずかしそうに、真っ赤な顔になる。泣き出すこともあった。エジプトから来た女の子、ナディーンがそうだった。ナディーンは、髪がクルンクルンの巻き毛で、目が大きくて、すごくかわいい。最初は「ハロー」ぐらいしか言えなかったのに、英語がだんだん上手になってくると、デピュティ・ダンのようなまちがいをするようになった。ナディーンはくやしそうな、悲しそうな、がっかりしたような、恥ずかしそうな顔をして、緑色の目からボタボタと涙がこぼれた。そして、次第に、ナディーンは、自分がまちがうたびに作り笑いのような表情をするようになった。  お兄ちゃんもきっと、グランマに本を読んでもらっていた時、同じようなことを考えていたんじゃないかと思う。だから、笑えなかったんだ。  きっと、オクラホマは、外国人も少ないし、こういうジョークは、そのままジョークとして笑えるんだと思う。グランマが、わたしとお兄ちゃんがボーっと黙って聞いていたのを「反応がない」と思ったのは、仕方ないとも思う。  あの後、グランマは、オクラホマに帰ってから、クロゼットの奥に『デピュティ・ダン』の本を片付けてしまった、という。「同じ本ばかりで飽きちゃったから」と言って、本を読むのもやめたという。多分、わたしのせいだ。もともと本が好きじゃないグランマが、お兄ちゃんとわたしに「読んであげたいから」と本を持ってきたこと自体、おじさん達には「ナイス・サプライズ」だったというのに、全部わたしがつぶしてしまった。  そのすぐ後、クリスマスにウォルターとお兄ちゃんとで、オクラホマに遊びに行った。でも、わたしは『デピュティ・ダン』のことはすっかり忘れていたし、グランマは本を読むこともなかった。  ウォルターが送ってくれた『デピュティ・ダン』は、古本だった。「絶版になっているから、ネットで探してみる」と言っていたけれど、買った本じゃないみたいだ。ほんの少し残っているタバコの匂いと香水の匂い。あの家の匂い。この本は、多分、あの時グランマが読んでくれた本だ。 「ニューヨークはオクラホマから遠すぎるし、賑やかすぎて、行きたいとも思わない」  そうグランマは言っていた。ニューオーリンズだって、グランマには遠い外国のような所だったんだと思う。ザリガニの殻を剥いて、ため息をついていたグランマをぼんやりと思い出した。  日本は……東京はもっと遠いから、来たいなんて思わないかもしれない。でも、わたしは、日本のデパ地下をグランマとグランパと一緒に歩くことを想像してみた。変わったものや外国の食べ物はあまり好きじゃないと言っていたグランパとグランマも、デパ地下なら気に入るかもしれない。大分無理があるかもしれないけれど。相当、浮いちゃうかもしれないけれど。  あの二人が日本に来るなんて「あり得ない」と思いながらも、「こんなの初めて。おもしろい」と言いながら歩く姿を想像してみた。何パーセントもない可能性なのに、わたしは、やっぱりどこかで期待している。 [#改ページ]   Goodnight Moon  一年ぐらい前から家の広告集めに凝っている。  夜寝る前、ベッドの中で、広告の間取図を見ながらあれこれ想像していると、軽く一時間は過ぎてしまう。外観も間取りも、隅々までよく見て、その中に置くものも考えながら、理想の家を頭の中で作り上げる。  いつか住みたい、わたしの家。  ベッドルームのイメージは、ほぼ完成している。暖炉があって、部屋の真ん中に厚いじゅうたんが敷いてある。大きい窓と高い天井。ベッドは部屋の真ん中にあって、両脇にゆったりとしたスペースがある。それから、じゅうたんの上にはネコがいる。 『グッドナイト・ムーン』('Goodnight Moon') に出てくる部屋そのものだ。 『グッドナイト・ムーン』はお兄ちゃんからのお下がり本で、もらった時はもうボロボロだった。表紙の後ろには「On his 1st Birthday」(一歳の誕生日に)と書いてある。  表紙を開けると、ウサギがベッドに寝ている。暖炉の火が暖かそうだ。ロッキングチェアには編みかけのマフラーがあって、部屋の真ん中のじゅうたんではネコが二匹じゃれている。そして、窓の外には、まんまるの月が浮かんでいる。  静かな夜。暖炉の火がパチパチと燃える音だけが聞こえる。  この本は、いつも寝る前にお母さんに読んでもらっていた。電気が消されると、窓の下のスチームヒーターからシューシューと音が聞こえてくる。  マンハッタンのアパートの八階は、冬になるとヒーターが利きすぎて暑いくらいだ。外が寒くなればなるほど、部屋の中が暑くなる。わたしは、本を読んでもらって眠くなると、片方の手と足を壁にくっつけるのが癖だった。ひんやりして気持ちがいい。お兄ちゃんも全くおんなじで、壁にぴったりくっついている。  ヒーターのパイプの中からは、カーン、カキーン、と金属がぶつかるような音が聞こえる。  そして、しばらくすると、お母さんの勉強部屋からは、コンピュータのキーボードをカチャカチャと打つ音とラジオから流れてくる音楽が不規則に重なって聞こえてくる。  部屋が暗くなると、それまで気づかなかった音が静かに響く。  夜中に目が覚めると、枕とブランケットを持って、お母さんの勉強部屋に行くのは、いつものことだった。コンピュータの周りは、本や紙で溢れていて、大きなマグカップと板チョコがある。 「目が覚めたの?」  お母さんは、椅子をクルッと回して立ち上がり、床にキルトを敷き始める。周りには書き損じの紙がいっぱい落ちていて、キルトを敷くと、もうスペースが残っていない。「足の踏み場もない」って、多分こういうことを言うんだと思う。  お兄ちゃんも起きてくると、お母さんは、決まって床に紙をばらまいて、クレヨンとハサミを用意した。夜中にここに来ると、お兄ちゃんもわたしも、絶対おしゃべりしないことになっている。描くか、読むか、寝るかのどれかを選ばないと、「ベッドに戻りなさい」と言われてしまうから、わたしは絵本をベッドルームからどっさり持ってくることにしていた。もちろん、『グッドナイト・ムーン』も。絵を追って、ほとんど暗記しているセンテンスを頭の中で唱えながらページをめくる。本当にこんな部屋あるのかなあ、と思いながら。こういうベッドルーム、わたしは実際に見たことがなかった。  わたし達が住んでいるマンハッタンのアッパーウエストサイドは「アパートメント」ばかりで、「ハウス」はない。ずっと後になって気づいたことは、みんな自分の家を「my house」とは言わないで、「my place」(わたしのところ)とか「my apartment」(わたしのアパート)と言う。自分だけの大きなベッドルームなんて、ありえない。『グッドナイト・ムーン』に出てくる広いベッドルームは、本の中だけの世界に決まってる。ずっとそう思っていた。クリスマスにグランマとグランパの家に行くまでは。  五歳のサンクスギビングに初めて会った時、「こんどはオクラホマに遊びにおいで」と言われて、一か月後のクリスマスに行くことになった。  ニューヨークからは、車でまる二日間かかる。途中の休憩ナシだと、二十六時間ぐらいだそうだ。遠出をするときは、いつもウォルター(お父さん)とお母さんが交互に運転するけれど、今回、お母さんは勉強があって行けないから、ウォルターが全部ひとりで運転することになった。出かける前に、お母さんは、「無理しないで、必ずどこかで泊まって、ゆっくり行ってよ」と何度も念を押した。ニュージャージー、ペンシルベニア、オハイオ、インディアナ、イリノイ、ミズリー……オクラホマという経路で行くのを、ウォルターが地図を見ながらお兄ちゃんとわたしにカラーペンで示してくれた。  最初の目的地、オハイオに泊まった時のことは、はっきり覚えている。朝、カーテンを開けると、大雪だった。ホテルのレストランで朝ごはんを食べながら、お兄ちゃんもわたしも、もう一日オハイオにいたい、と言った。「オハイオ」という州は、前から名前だけは知っていた。テレビの「セサミ・ストリート」の中で、ビッグバードが日本に行った時、日本語が全然わからなくて、「なんで皆『オハイオ』というのかな、そんなにオハイオ州から来た人がいっぱいいるのかな」と思っていたら、かぐや姫が現れて、「Ohayo means good morning」(オハヨーはグッドモーニングのこと)と教えてもらう、という場面があった。それで、お兄ちゃんと、「オハイオ・オハヨ」と繰り返していたら、ウォルターから、「ここで一日無駄にできない。オハイオを過ぎたら雪も止むはずだから」と言われてしまった。お兄ちゃんとわたしは、仕方なく、食べかけのマフィンとビスケットを包んで、コートを着た。  いくつ州を過ぎたのかわからないけれど、こんなに遠くまで来ると、天気もどんどん変わるし景色も変わるのがハッキリわかる。しばらくすると、雪も止んで、牧場や森が見えてきた。  二日目の夕方、ようやくオクラホマに着いた。車の中から見える家はどれも大きな平屋で、庭がある。アパートメントは一軒もない。グランマとグランパの家は、静かな住宅地の中にあった。ドアを開けて中に入ると、リビングには天井まで届きそうな大きいクリスマスツリーがあった。マンハッタンで買ってアパートに運んだツリーの二倍はある。暖炉があって、白いソファがあって、部屋の真ん中には、丸いフカフカのじゅうたん。そして、その上には、白くて毛の長い太ったネコが寝ている。 『グッドナイト・ムーン』の世界。あのウサギの部屋と同じだ。  グランマもグランパも、前にニューオーリンズで会った時とは違って、この家の中では、ゆったりと落ち着いて見える。  改めてグランパを見ると、すごく背が高くて、メガネをかけていて、目が少し怖い。口を大きく開けて笑っていても、あんまり笑っているように見えない。それに、同じ英語なのに、話していることがよくわからない。ウォルターは、「テキサスなまりが残っているから」と言うけれど、わたしには、それすらもわからない。ワッハッハと笑うと、低い声が響いてちょっとビビる。  グランマも、背が高くてメガネをかけている。でも、目がやさしい。灰色と緑と茶色が混じった色で、笑うと目の周りにしわがいっぱいできる。広い額と細いあごは、ウォルターとそっくりだ。手足が細長くて、風に揺れるみたいに歩く。髪は、ふんわり柔らかくカールしていて、シュークリームみたいだ。グランパと同じように強いなまりの入った英語だけれど、グランマが話すと、ゆったりと流れるように聞こえる。  グランマの家には、従兄弟のビリーとデリックが毎日遊びに来てお兄ちゃんといっしょにスケートボードに乗ったりキャッチボールをして遊んだ。でも、わたしは、三人のペースについて行けなくて、いつも家の中に戻ってきてしまう。  グランマは、わたしがつまらなさそうにしているのに気付いて、「手伝って」と言ってくれた。わたしは喜んで「オッケー!」と言い、グランマの後をついて歩くことにした。大きなタオルやシーツの端を持って、グランマと一緒に畳んだりするのは、けっこう楽しい。それに、一番の楽しみは、その後で「美容院ごっこ」をして遊んでくれることだ。なんたって、グランマは、少し前まで、美容師さんだったんだから。  グランマとグランパのベッドルームに入ると、薄暗くひっそりしていて、もの音ひとつ聞こえない。時間がゆっくり過ぎていくような、止まっているような部屋だ。ベッドの上には大きなキルトが二枚きれいに畳んである。「ダッチガール」という、赤頭巾ちゃんみたいな帽子を被った女の子のデザインが可愛い。これは、グランパのお母さん、つまり、わたしのグレイト・グランマが作ったものだそうだ。  グランマは、わたしに「こっちにおいで」と手招きして、チェストの引き出しをそっと開けた。真珠のネックレスや、花の形のイヤリング、ガラス玉やビーズのようなものもたくさんある。指輪もブローチもイヤリングも、……アクセサリーは何でもある。全部フェイクだからどんどん遊んでいい、と言われて、わたしはしばらく見とれていた。 「きれいでしょ? どれにする?」  どれって……こんなにたくさんのネックレス、初めて見たから、わからない。 「これなんか、どう?」  グランマは、薄紫の長いネックレスを取って私のひざに置いた。そのまま首にかけてみると、長すぎて、私のひざまで垂れ下がる。グランマは笑いながら、わたしの後ろに立ち、包み込むように、一回、二回、三回、と首に巻いて後ろで留めてくれた。  グランマの細くて白い指。薄いベージュのマニキュアが塗ってある爪。親指と人差し指の先をくっつけて、あとの三本の指は蝶々の羽のように立てて、ネックレスを留める。  わたしは、その他にも三つ、四つ……と、首につけられるだけつけてみた。首がずっしりと重い。首をキュキュッと伸ばして、横にある鏡をのぞくと、ネックレスに埋もれた自分の顔が見えた。 「爪も塗ってみる?」  こんどはグランマが小さいマニキュアのビンを出して、ウインクした。わたしは、ドキドキして、ベッドの端に座った。そして、グランマから「手を広げて」と言われて、左手を「パー」の形にしてタオルの上に乗せた。  ゆっくり、そうっと、マニュキアを爪に垂らすと、わたしの小さい爪がたちまちピンク色に光る。わたしが鏡を見ているのに気づいて、グランマは顔を上げて鏡の中のわたしを見てにっこり笑った。  家の中はいつもきちんと片付けてあった。壁には写真がいっぱい貼ってあって、グランマが家庭を大事にしてきたのがよくわかる。バスルームの前にある一番大きな写真は、薄茶色い昔の写真で、グランマが小さい頃にお姉さんと一緒に撮った唯一のものだそうだ。二人ともにっこり笑っている。  この写真は、グランマがお姉さんと二人で養護施設に預けられる直前だった、という。後でウォルターが教えてくれた。「オーファネージという、親のいない子が行くところ」と聞いて、なんだか不思議だった。グランマの幸せそうなイメージと結びつかなくて、ぼんやりと、「ふうん、そうなんだぁ……」と思った。グランマにとって、この写真は一番の宝物で、家の中で誰もが必ず通るところに飾ってある。  グランマは、高校を卒業してすぐに結婚すると、グランパの家に来て生活し始めた、という。グランパのお母さんからは、お料理も洗濯もキルトの作り方も全部教えてもらった。グランマにはお父さんもお母さんもいないから、自分の「ホーム」を作る事が小さい頃からの夢だったという。だから、家庭はグランマの財産で、子供も六人育てた。それで、一番下のミシェル叔母さんが小学生の時、グランマは美容師の資格を取って働き始めた。見かけはコスモスみたいに細くて柔らかいグランマからは、想像できない。  夕飯の後は、アルバムを見たり、グランマが撮った八ミリフィルムを見て過ごした。写真の周りには文字がいっぱい書いてあって、八ミリにはグランマとグランパが結婚した時からの映像が残っている。みんな、グランマが撮って残してきた「家族の歴史」だ。  ウォルターは、八ミリに映った自分を見るのが恥ずかしいと言い、立ち上がって本棚の中を覗きこんだ。そして、壁に目を近づけながら、人差し指で何かをたどっている。しばらくじっと見た後、振り向いてグランマに話しかけた。 「この線、何?」  グランマは、小さくため息をついて言った。 「あの時の洪水の痕よ」 「こんな高さまで?」  ウォルターが、大きい目を更に大きく見開いて言った。 「とにかく、あの時はあっという間だったから、アルバムと写真だけを抱えて家を飛び出したの。キルトは屋根裏に上げて避難したんだけど、もう少しで屋根裏も危なかったわね」 「そんなひどかったんだ……。知らなかった」  ウォルターは部屋中をぐるっと見回して、目で線を追った。十年前のハリケーンで川が氾濫して、この辺り一帯の家が浸水したという。その時の水の高さが、壁に残された線で分かる。ウォルターの肩まであるから、お母さんがいたら、きっと水の中に沈んでしまったと思う。 「だから、あの後は、大事なものは皆その線の上に置く事にしてるの。ほら、他のアルバムも全部上の棚にあるでしょ? ちょっと取りにくいけど」 「ちょっと、じゃなくて、相当不便だよ。こんな高いところに全部置いたら、見えないんじゃないの?」  ウォルターがそう言うと、グランマも笑った。 「そうよね。見当たらないと思って探し回ったら、一番上の棚にあった、なんてこともあるし」  この近くには、すごくきれいな川がある。あの川が氾濫したなんて想像できない。湖もダムも近くにある。ハリケーンで避難勧告が出てから、あまり時間もなかったそうだ。家が浸水して、その後一年ぐらい、グランマとグランパは仮設住宅にいて、二人で少しずつ家を修理して、ようやくまた住めるような状態に戻したという。 「この歳になって、全部失って、また一からやり直し、というのはけっこう大変よ。まさかこんなことがあるとは思わなかったから……。家に戻ってきた時は、辺り一帯、下水の臭いもひどかったし、修理してもだめかと思ったわ」 「でも、よくアルバムを持ち出したよね」  ウォルターが緑色の表紙の古いアルバムに目を落として言うと、グランマは、いつものように唇をギュッと横に広げて笑った。 「これは私の財産だから」 『グッドナイト・ムーン』そっくりの家。一見、「夢のような家」に見えるけれど、再生された頑丈な家。もし……万が一、またハリケーンがあったとしても、グランマはまた「一からやり直して」、ひとつずつ片付けて、きれいにして、ここに住み続けるだろう。  あれから十年。  暖かい暖炉。フカフカのじゅうたん。大きなベッド———。今もあのまま残っているのかな。グランマ、元気かな。  Goodnight stars.  Goodnight moon.  東京の自分の部屋から夜空を見上げていると、オクラホマのグランマの家を思い出す。 [#改ページ]   Madeline 「プリスクール」が終わって「キンダーガーテン」に入る時、楽しみなのは、制服が着れることと、本を買ってもらえること。キンダーでは読み書きが始まるので、わたしもお兄ちゃんと同じように、一週間に一冊、本屋さんで本を選んでいい、とお母さんから言われた。  キンダーになってすぐ、その機会がやってきた。お兄ちゃんがジムで遊んでくる日だったので、午後、お母さんとふたりで本屋さんに出かけた。  本屋さんからの帰り道は、いつも大学の門の前でプリッツェルを買う。わたしは、門を入るとすぐに走り出して、リスを追いかけた。広場には、赤ちゃんを連れて散歩している人や、寝転んで本を読んでいる人や、フリスビーで遊んでいる人など、いろんな人がいる。わたしも、お兄ちゃんと一緒の時は、たいていここでボール遊びをするけれど、今日は、お母さんと広場の階段で本を読むことにした。  お母さんは、茶色い紙袋をそっと階段に置いて、腰を下ろした。まず、わたしにプリッツェルを渡して、それからコーヒーをそうっと取り出す。カップに溢れる程入れてあるから、プラスチックのフタを開ける時、必ずこぼす。 「あーあ、またやっちゃったよ」  お母さんは、手をパッパッと振って、多めにもらってきたペーパーナプキンでカップの底を包み、片方の手でさっき買った本をバックパックから取り出した。プリッツェルはまだ少し温かい。わたしは、いつものように、まず外側についている塩粒を手で取ってなめてみた。この、しょっぱい味が大好きだ。 「さて……と」  お母さんは、本の表紙を目の前に出した。タイトルは、『マデリーン』('Madeline')。  表紙には、黄色い制服を着た小さい女の子達が二列になって歩いている後姿が描かれている。一番後ろで振り向いて、いたずらっぽくニコッと笑っている女の子が、マデリーン。  十二人の女の子達は、寝る時も食べる時も外に行く時も、みんな、お行儀よくまっすぐ並んで歩く。マデリーンは、クラスの中で一番チビなのに、橋の上を歩いてみたり、ネズミを触ったり、動物園ではトラにちょっかい出したり、一番のおてんばだ。  いつも一緒にいるシスターの名前は、ミス・クラヴェル。 「シスター・クラヴェルじゃないの?」  わたしは、校長先生のシスター・ジーンを思い出して、聞いてみた。 「うん……。なんでかな。ミスって書いてあるよ。フランスではそう言うのかな。わかんない」  お母さんはササッとごまかすように言って、次のページをめくった。ミス・クラヴェルは、幼稚園のミス・ブラウンに似ている。穏やかに笑っているけれど、あまり表情が変わらない。やさしくて厳しい先生だ。  ある夜、いつも元気なマデリーンが夜中に突然「お腹が痛い」と泣き出して、病院に運ばれた。お医者さんの診断は、「Appendix」。 「アペンディックスって、なに?」  わたしは、次のページをめくろうとしたお母さんをさえぎって、聞いた。 「も[#「も」に傍点]う[#「う」に傍点]ち[#「ち」に傍点]ょ[#「ょ」に傍点]う[#「う」に傍点]のこと」 「もうちょうって?」 「おなかの右下にあって、それが痛くなると、手術して取るの」 「どのくらい痛い?」 「すごく痛いよ」 「お母さんも痛くなったの?」 「うん。だから、取っちゃって、もうないよ」  おなかを切って取り出すなんて……マデリーン、かわいそう。  手術の後、十二人の女の子達とミス・クラヴェルがお見舞いに来た。病室のドアを開けて入ってくる時の女の子達は、いつも通りきちんと並んで、ひとりひとり花を持っている。そして、一番後ろには、ミス・クラヴェルが心配そうに花瓶を持って立っている。  女の子達の黄色い制服と、つばの広い帽子がすごくかわいい。特に、帽子についているリボンが後ろに垂れているのがいい。わたしの幼稚園の制服より、こっちの方が絶対にいい。  わたしが通っているのは「コープス・クリスティ・スクール」という、幼稚園から中学校までつながっているカトリックの学校で、男の子も女の子もいる。  女の子の制服は三種類ある。紺のプリーツ、緑と黄色と白の入ったチェックのジャンパースカート、そして、グレーのジャンパースカート。ブラウスは白なら何でもいい。靴は黒で、運動靴を履いていってもいいのは金曜日だけ、と決められている。制服を着ると、なんとなくオシャレしている気分になる。毎日同じじゃなくて、いろいろ組み合わせが出来るから、ぜんぜん飽きない。毎朝、黒いストラップの靴を履いて、アパートから学校までお兄ちゃんとダッシュする。坂道を駆け上がるとすぐに学校がある。同じブロックの中だから、他の子みたいに、学校までお母さんに送ってもらわなくてもいい。 『マデリーン』を買ってもらった翌朝、わたしは、忘れずに『マデリーン』をカバンに入れた。リーディングの時間になると、ミス・ブラウン(先生)が最初に一冊読んでくれることになっている。リクエストは早いもの勝ちだから、わたしは、いつもより早く学校に行くことにした。  ミス・ブラウンは、毎朝八時からのミサに出ている。さっき鐘が鳴ったから、もうミサが始まっている。チャペルの重いとびらを開けて入ると、ミス・ブラウンは一番前の席に座っていた。背が高いから、すぐわかる。紺色のワンピースに茶色いカーディガン。黒い修道服じゃないけれど、後ろから見ると、『マデリーン』に出てくるミス・クラヴェルみたいだ。  八時半、ミサが終わると同時に鐘が鳴った。これは、学校の始業の知らせでもある。鐘と同時に教室に入らないといけない。わたしは、ミス・ブラウンが教会から出てくるのを待って、急いでリクエスト本を渡した。一時間目がリーディングだから、ぎりぎりセーフ。  教室では、いつものように最初に歌を歌って、その後、みんな前に出てミス・ブラウンの椅子を囲むように座った。順番は自由だけれど、インディアン座りといって、あぐらをかくように座る。これだと、女の子もスカートの中が見えない。  もうすぐ、『マデリーン』が始まる。ちょっとドキドキしてきた。 「それではみなさん、今日はハナエが持ってきた本を読みます」  ミス・ブラウンは、よく通る低い声でゆっくりと言った。  ミス・ブラウンが読み始めると、わたしは、本の内容よりも、ミス・ブラウンの読み方やしぐさばかりを見ていた。やっぱり、ミス・クラヴェルに似ている。ミス・クラヴェルは、夜、修道服のベールを外してベッドに入る。夜中に女の子達の泣き声が寝室から聞こえてくると、サッと修道服に着替えて走っていった。これって、ミス・ブラウンっぽい。ミス・ブラウンは、いつもきちんとしている。少し暗い色のワンピースかスカートに、黒い靴。耳には金の小さいピアス。修道服を着ていないけれど、シスターみたいだ。低い声でゆっくりと話し、怒る時は、静かにピシッと言う。大きな声を出さないけど、みんなすぐに言うことを聞く。少し離れた所でいつも見ていてくれる、やさしくて厳しい先生。  ミス・クラヴェルは、みんなを動物園に連れて行く時も、食事の時も、歯を磨く時も、寝る時も、必ず「two straight lines」と二列に真っ直ぐ並ばせる。ミス・ブラウンも同じだ。みんなでプレイグラウンドに行く時、人差し指と中指を二本立てて、「two lines, please」と言う。すると、わたし達は隣の子と手を繋いで、あっという間に真っ直ぐな二列になる。  水曜日にチャペルに行くときもそうだ。ミサの前は、絶対おしゃべりしないで、静かに歩いてチャペルに入ることになっている。キンダーは最後に入るから、階段を下りてくる上級生を待たなければいけない。三年生が通る時になると、わたしはお兄ちゃんを見つけるのが楽しみで、思わず「モトイ!」と呼んでしまう。ホールでは、ちょっとでも話すと大きく響いてしまうから、お兄ちゃんはびっくりしてたちまち顔が赤くなった。周りの子達が、「モトイの妹だ」と指差している。わたしはお兄ちゃんの反応が欲しくて、「モトイ! ここだよ、ここ!!」と大きな声で言い、何度もピョンピョンとジャンプして、走って行く。 「早く戻りなよ。ミス・ブラウンに怒られるよ」  モトイは周りを気にしながら言うけれど、もう遅い。後ろから「ハナエ」と低く通る声が聞こえてきた。 「列に戻りなさい」  ミス・ブラウンは、わたしを見て静かに言う。 「おしゃべりしないでチャペルに向かいましょう」 「はい、ミス・ブラウン。ごめんなさい」  わたしは、急いで列に戻る。ミス・ブラウンはニッコリと笑ってうなずく。いつもこうだ。何度も同じことをしてしまうけれど、ミス・ブラウンはその度にわたしの目を見て、静かに叱る。それは、わたし一人でもクラス全員でも、誰にでも変わらない。  ミス・ブラウンだけじゃなく、ミス・ミアもシスター・ジーンもそうだ。ゆっくり静かな声で目を見て言われると、「言うこときかなきゃ」と思う。  でも、教室の中で騒いだり、ケンカしたり、ミス・ブラウンの言うことを聞かない時は、「Time out」になる。「タイム・アウト!」と壁に指を指して言われると、自分の机を持って、ガタガタと壁に移動する。ひとりだけ壁に向かって座る罰だ。後ろを振り向いちゃいけないし、何もかもひとりで黙ってやらなきゃいけない。これって、相当はずかしい。第一、誰ともおしゃべりできないし、みんなに笑われたりもする。だから、すぐに反省して、あやまって、元の席に戻してもらう。  わたしは、クリストルとケンカして、ふたりでタイム・アウトになったことが何度もあった。教室の端と端に別れて、壁に向かって座る。すぐに反省して、席に戻してもらったけれど、また同じことをする。何度もミス・ブラウンから叱られていたのに、不思議と「いやだな」と思ったことは一度もなかった。  コープス・クリスティ・スクールでの三年間は、本当に楽しかった。友だちとケンカしても、先生に叱られても、学校が大好きだった。本当はプリスクールが一年間、キンダーが一年間と決まっていた。でも、わたしは一年早くプリスクールに入ったので、プリスクール二年とキンダー一年の三年間通った。学校が近いし、お兄ちゃんも同じ学校にいるし、お母さんも自分の勉強があって忙しかったので、ウォルターとお母さんがシスター・ジーン(校長先生)に「一年早いけれど、入れてもらえますか」と聞いたそうだ。シスター・ジーンの面接があって、「ハナエはよくしゃべるからOK」と言われて、わたしは一番のチビッ子でプリスクールに入った。アメリカでは、こんなふうに、年齢よりも早く学校に入ったり、一年スキップして上に行ったり、というのは、別に珍しいことじゃなかった。ただ、お母さんからは、いつも「調子に乗るんじゃないよ。一番チビなんだから、周りに迷惑かけないように。迷惑かけたらクビだからね」と注意されていた。  次の年、シスター・ジーンから「このままひとつ上の子達と一緒にキンダーに行ってもいいし、こんど入ってくる同じ年の子達と一緒にもう一年プリスクールにいてもいいし、どっちでもいいですよ」と言われて、ウォルター(お父さん)とお母さんは、「プリスクールにします」と言ったそうだ。それは、わたしには、ちょっとがっかりだった。せっかくキンダーに行けると思ったのに。ミシェル達が幼稚園の制服を着るのをうらやましく思いながら、わたしは同じ歳の子たちとプリスクールを再スタートすることなった。ようやく「一番のチビ」ではなくなったけれど、前よりも「おしゃべり」に拍車がかかった。そして、一年後、ようやくキンダーになって、更に楽しい一年間を過ごした。  やりたい放題の伸び伸びした生活は、わたしがキンダーを終えると同時に一変した。お母さんといっしょに日本に引っ越して来て、新しい生活が始まったから。  何もかもちがう。お母さんがすぐに仕事を始めたから、わたしが入ったのは保育園だった。今考えれば、あれが「カルチャーショック」と言うのかもしれない。  八月末。アメリカにいたら、わたしは来週から小学一年生になる予定だった。九月が新学期の始まりだから。でも、日本では来年の四月にならないと小学校に入れない、と教えられた。なんだか淋しい。わたしがプリスクールの最初の年に一緒だった友達は、来週から二年生になる。わたしは、もしもミシェル達とずっと一緒だったら、二年生になっていたかもしれない自分を想像して、ますます自分だけ取り残されたような気がしてきた。  保育園での第一日目。ゲートを開けると、まず、音の大きさに驚いた。小さい子の泣き声や笑い声が聞こえる。赤ちゃんもいるみたいだ。大きな声で何か言っているけれど、内容がわからない。先生もそれ以上に大声を張り上げて、怒ったり注意したりしている。男の子が走り回っている。  三年間、コープス・クリスティ・スクールにいて、「当たり前」と思っていたことが、当たり前じゃない。先生はみんなエプロン姿で、ジャージやジーンズを着ている。いっしょに泥んこになって遊ぶし、「お昼寝」の時間もいっしょに横になってくれる。だから、「先生」というより「お姉さん」のようだ。  目の前で起きているいろんなことが、早送りのアニメのようだ。ケンカしても、騒いでいても、「タイム・アウト」の罰はない。大きな声と泣き声がひっきりなしに聞こえてくる。みんながわたしの目の前を走っていく。日本に来て、お店でも駅でも図書館でも、どんなに人が多いところでも平気だったのに、保育園は、ちょっと怖い。わたしは、しばらくボーッと突っ立っていた。こんな気持ち、アメリカの学校では経験したことがなかった。自分じゃないみたいだ。  この保育園では、同じ年の子と比べても、わたしが一番背が高い。頭ひとつ分ぐらい違う。自分でも居心地が悪くなるくらい、みんなが小さく見える。でも、わたしは日本語がうまく話せない。ただ周りを見回しているだけだ。  その日、家に帰ると『マデリーン』を本棚から取り出した。  怖いもの知らずのマデリーン。「お腹が痛い」と泣く以外は、いつも元気なマデリーン。十二人の友達と、やさしくて厳しいミス・クラヴェル———。なんだかひどく懐かしい。  ニューヨークでは、クリストル達は一年生。ミシェル達は二年生。なのに、わたしはまだ保育園にいる。急にひとりになったような気がして、涙が出そうになった。  翌年、日本の小学校に入って、わたしはだんだん日本の生活に慣れて、日本語もぺらぺら話せるようになって、英語を少しずつ忘れていった。  そして、自分が「ガイジン」と言われることも、それを意識することもほとんどなくなった小学五年生の秋、わたしは歩けないほどお腹が痛くなって、救急病院に連れて行かれた。血液検査をしたりやレントゲンを撮ったりした後、お医者さんに言われたのは、「虫垂炎」。お母さんに「手術」とか「入院」とか説明しているのが聞こえてきて、怖くてたまらなくなった。 「病気なの? 治るの? 虫垂炎って、何?」  ブルブル震えながら聞くと、お母さんは、「盲腸。大したことないよ」と言う。 「もうちょう?」  その時すぐに思い出したのが、マデリーンの泣き顔と、お見舞いに来た友達みんなに、ベッドの上に立って手術の傷あとを見せている誇らしげな顔だ。 「もうちょうって……、あの Appendix?」 「ああ、そうそう。マデリーンがそうだったっけ?」  お母さんの顔がパッと明るくなった。  なんだかちょっと嬉しくなって、痛みが半分ぐらいになってしまった。わたしもこれから、マデリーンと同じように手術をする。マデリーンと同じ経験が出来るなんて、ラッキー。  五日後、わたしは学校に行って、もちろん、みんなに手術のあとを自慢げに見せた。シャツをめくって、「ほらね」と見せる格好も、みんな目を丸くして傷あとを見るのも、本の中と全く同じ。そして、その直後の運動会にも、ちゃんと出られた。リレーでも走った。マデリーンを意識したせいか、わたしはすっかり元気になった。  表紙の女の子達の中で、ひとりだけ後ろを振り向いて笑っているマデリーン。何にでも興味をもって、何にでも挑戦して、いつも元気なマデリーン。  コープス・クリスティ・スクールでの、楽しかった三年間。ミス・ミアや、ミス・ブラウンや、シスター・ジーンがいた。友達がいた。おてんばなわたしがいた。それは、全部『マデリーン』の中に重なっている。 『マデリーン』は、わたしの大切なアルバムだ。 [#改ページ]   Yo! Yes? 『ヨー! イエス?』('Yo! Yes?') は、初めて自分ひとりで読めるようになった本だ。今でも、これからも、ずっとずっと読み続ける、大好きな本。  ここには、二人の男の子が登場する。黒人の子が腰に手をあてて、「ヨー!」と白人の子に声をかけると、白人の子が小さな声で「イエス?」と答える。そして少しずつ会話が始まる。 「No friends」(友達いないんだ)と肩を落としている白人の子に、黒人の子が胸を張って、「Look at me!」(ぼくがいるよ)と言う。小さい文字は小さい声で、大きい文字は大きい声で言っている、というのがよくわかる。  自信のない白人の子が、だんだん明るく元気になっていく。そして、最後にふたりで「Yow!」と声を合わせてジャンプする。二人の短い会話だけで、説明はナシ。誰かと二人で役になりきって読むと、感じが出る。  この本は、元々お兄ちゃんのお気に入りだったので、何度も図書館から借りてきて読んでいた。  大学の図書館のエレべーターを五階で降りると、そのフロア全部が「チルドレンズ・セクション」。天井が高くて、全体がこげ茶色で少し暗い。床が木なので、歩くとミシミシと音がする。奥の方にはテーブルがあって、その周りにぎっしりとハードカバーの絵本が並んでいる。とにかく本の量が多くて、新しい本もどんどん入って来るから、毎週のように新刊を借りられる。  いつもしんと静まりかえっていて、普通の声で話しても全体に響いてしまう。本をテーブルに置くだけで、近くにいる大人達に「シーッ!」とこわい顔でにらまれる。「チルドレンズ・セクション」なのに、子供は滅多に来ない。ここに来る人達は皆、勉強したり調べ物をしたりするのが目的のようだ。だから、お兄ちゃんとわたしは、図書館に入る前に、いつもお母さんから念を押された。 「絶対しゃべっちゃダメだからね。本を読む時は、黙って読みなさい。歩き回るのもダメ。周りの人の迷惑になるから。歩く時は、そーっと、そーっと、だよ」  言われた通り、そーっと入って、テーブルにつく。黙って本を広げて、文字を目で追っているお兄ちゃんを「すごいなあ」と思うのは、こんな時だ。わたしはまだ読めないから絵を見るだけ。それで、ストーリーを想像する。  長いテーブルの奥には大きくて赤い革張りの大きな椅子があって、わたしはいつもその席に直行した。わたしが座ると体全部がすっぽり入るから、靴を脱いで、ここで本を読む。お昼寝もできる。  本と椅子の匂い。ページをめくる音。本を置く時、「カタン」と静かに響く音———。  読み終えた本は、必ずテーブルの上に置くことになっていた。自分で本棚に戻して、本を整理しているおばさんに叱られたことが何度もある。いったん戻す場所を間違えたら本が行方不明になってしまうから、だそうだ。でも、最初、言われた通りにしたら、わたしとお兄ちゃんが出した本がテーブルに溢れて、すごいことになってしまった。それで、まず、お母さんが適当に三十冊とか四十冊ぐらいまとめて選んでテーブルに出してくれるのを待って、わたしとお兄ちゃんがそこから好きな本を選んで読む、ということになった。それを読み終えたら、またお母さんに本をまとめて出してもらう。最後にその中から借りる本を二十冊ぐらい選ぶ。アパートはこの図書館の向かい側だし、いつもカートを持っていくから、重くても平気。帰りにガラガラとカートを引っ張るのも、楽しみのひとつだ。  テーブルに取り出してくれた本の中には、前に読んだ本が混じってることがよくあった。わたしやお兄ちゃんが「これ、前に読んだよ」とお母さんに言うと、お母さんは「そうだっけ?」と、忘れていることが多かった。そして、わたし達も、「家に帰ってからまた読みたい」と、何度も同じ本を借りることがあった。『ヨー! イエス?』も、そうだった。  わたしがこの本を借りたい、と自分から言ったのは、もう何度も借りた後だった。見慣れた黄色い表紙に、赤と緑の文字で「Yo! Yes?」と書かれている。お兄ちゃんがよく読んでいた本だ。両方とも「Y」で始まる、「イ」の音。赤い文字は「イ…ョオ!」、緑の文字で書いてあるのは「イ…ィエス」。  読めるかも。この本、ひとりで読めるかも……。そう思うと、わくわくしてきた。  借りる本は、テーブルの端に積んでおくことになっている。これは、「読んでもらう本」じゃなくて、わたしが「自分で読む本」。  アパートに帰り、借りてきた本をベッド横に重ねると、わたしはすぐに『ヨー! イエス?』を開いた。 「ヨー! イエス? ヘイ!」  一ページから三ページまで、スムーズにいった。次は……。 「ウ…ワ…ハゥ…ホ…?」  首をかしげながら必死で読もうとしているわたしの後ろから、お兄ちゃんが言った。 「Who? フーって読むんだよ。ハナエ、いっしょに読んでみる?」 「うん」 「どっちやる? こっち? こっち?」  お兄ちゃんは、白人の子と黒人の子を指して、わたしに読む方を選ばせた。わたしは、すかさず、「こっち!」と黒人の子を選んだ。  思ったより順調。わからないところは、お兄ちゃんがヒントをくれるから。最初のアルファベットは何? その音は何? ……という感じで。一番むずかしかったのは、「What's up?」の読み方。でも、「up」の「U」の音はいったん分かれば簡単で、ついでに「U」で始まる「under」とか「umbrella」も教えてもらった。そして、赤い文字で書いてある「Look!」と最後の「Yow!」は、思いっきり強く言う。  ちゃんと最後まで読めた。 「オッケー、スウィッチ!」  お兄ちゃんの掛け声で、交替。今度はわたしが白人の子になって読む。最初の弱々しい声から元気な声に変えていくのが、おもしろい。読み終えたら、また交替。だんだんジェスチャー付きになって、読むというより、台本を見ながら演じるようになってきた。  男の子二人は、声もしぐさも対照的だ。黒人の子の立ち方やしぐさは、お兄ちゃんの友だちに似ている。クリフォード? ジョナサン? 誰だっけ? 腕を腰にあてているのも、胸を張ってニッコリ笑うのも、そっくりだ。この白人の男の子は、少しお兄ちゃんに似ているかもしれない。お兄ちゃんは、友だちと騒ぐよりも、一歩下がって周りを観察していることが多いから。でも、プレイグラウンドに行くと、急に元気になって猛スピードで走り回ったり、ジャンプしたりする。最後のページで、白人の子が思いっきりジャンプするように。放課後、ジムで遊ぶ時もそうだ。 「ジョナサンとか、クリフォードとか、フランシスコもブラックだよね」  わたしが言うと、お兄ちゃんは目を丸くして、「ブラックじゃないよ」と言った。 「クリフォードはダークブラウン。ジョナサンはブラウン。フランシスコはタンだよ」 「ちがうの?」 「ちがうよ」  お兄ちゃんは、きっぱり言った。確かに、ブラウンでも色の濃さがちがうし、タンというと、日焼けしたような色で、ブラウンとはちがう。 「シスター・ジーンとかミス・ブラウンは、色で言っちゃいけない、っていつも言ってるけど。ホワイトとかイエローとかブラウンとかレッドって分けるのは、おかしいんだって」 「へーえ、じゃ、何ていうの?」 「クリフォードとジョナサンは、アフリカン・アメリカンで、フランシスコはヒスパニック」 「じゃ、ウォルターはなに?」 「ライトピンク……なーんて、冗談。ホワイトってみんな言うけど、真っ白のわけないし」 「じゃ、何ていうの?」 「アングロだよ。アングロ・アメリカン」 「おかあさんは?」 「ライト・イエロー」 「えー?」 「……じゃなくって、ジャパニーズ」 「モトイは?」 「ミックス」 「って、何色?」 「だから、ミックスだって」 「わたしも?」 「そうだよ。あと、ジャパニーズ・アンド・アメリカンかな」 「へーえ」 「ジャパニーズ・アメリカンじゃないよ。ジャパニーズ・アメリカンっていうと、アメリカ人の方が強くなるから。アンドってつけるんだよ」  わたしは、ミックス。そして、ジャパニーズ・アンド・アメリカン。なんか、いい。何度も繰り返して言ってみた。 『ヨー! イエス?』に出てくる二人の男の子は、何だろう。左側の子は、アフロ・アメリカン? 右側の子は、アングロ・アメリカンかな? でも、色だけじゃわからない。わたしやお兄ちゃんみたいに、ミックスの子っていっぱいいるし。  肌の色も洋服もしぐさも全然ちがう二人が、あっという間に友達になる。いっぱい話さなくてもすぐに通じ合えるって、すごい。  日本の小学校に入って、二年生の春、わたしは近くの図書館で『ヨー! イエス?』に再会した。東京で、大好きなアメリカの友だちにばったり会ったみたいで、本当にびっくりした。  ドキドキしながら、窓際に座って、さっそく本を開いてみた。 「Hey!」と左手をピンと斜め上にのばして、右手を腰にあてている男の子がいた。懐かしさと共に、キンダーで一緒だったクリストルを思い出した。「Well」と首を傾げて、腰をちょっと曲げているのがあまりにも似ていて、笑える。クリストルとはケンカもいっぱいしたけど、一番の仲良しだった。クリストルのお母さんはキューバ出身、お父さんはジャマイカ出身だから、ヒスパニック。クリストルは、英語とスペイン語の両方を話す。ダンスもすごく上手だ。  クリストルは、小さくて細くて、肌はタンで、目がクリクリしていた。髪は、たくさんの細い三つ編みを高い位置でピシッとひとつにまとめている。いろんな色のゴムや、プラスチックのピンを使っていて、かわいい。おでこが全部見えて、どんなに走っても髪の毛がバサバサにならない。それに、ジェルか何かをつけているせいか、髪が光っていて、いつもそのジェルの匂いがする。  毎週月曜日には、クリストルの三つ編みが少し変わる。日曜日になると、クリストルのお母さんがていねいに編みなおしてくれるそうだ。すごく時間がかかって、「やってもらう間、じっと座ってるのがイヤだけど、出来上がるのが楽しみだから我慢する」と言っていた。耳につけている金色の小さくて丸いピアスが、髪形に似合っている。ヒスパニックの子は、みんなピアスをつけているから、うらやましい。  クリストルとは、最初に隣の席に座ったことがきっかけで、仲良しになった。背の高さもちがうし、髪形もちがう。肌の色もちがう。何もかもちがうけれど、仲良しだ。もしかしたら、あまりにもちがうから仲良しになる、ということもあると思う。自分にないものがうらやましくて……。  久しぶりに読む、懐かしい本。今、こうしてひとりで読むのはちょっとさびしい。いつか、英語の本の「読み聞かせ」というのがあったら、誰かと一緒にやってみたい。あの頃のわたしと同じぐらいの子に読んであげたい。きっと気に入ってくれると思う。「こんなにちがう二人が仲良しになれる」ということも伝えられると思う。  時間が経てば経つほど、好きになる本。  これからも、大切な本。  今年のクリスマスには、この本を買ってもらおう。 [#改ページ]   Green Eggs and Ham  内容はあまり覚えていないのに、思い出に残っている本がある。声を出してリズムをつけて読んでいるうち、何度でも読みたくなる。そして、だんだん歌を歌うみたいに上手になって、ますます好きになる。  ドクター・スースの『グリーンエッグズ・アンド・ハム』('Green Eggs and Ham')。  登場するのは、正体不明の動物。犬にも見えるし猫にも見える。話の内容は、サムという猫みたいな小さい動物が、主人公に「緑色のハムと卵を食べないか」としつこく聞き続ける。主人公の答えは「ノー」なのだけれど、サムは、「家の中ならどう?」「ねずみと一緒なら?」「電車の上でなら?」とやたら多くのバリエーションを使って聞き続ける。最後には主人公が根負けしてしぶしぶ食べると、それがおいしいことに気づく。  ヘンな話。フツウに考えると、あり得ない内容。でも、音が楽しい。この本は、アメリカではほとんどの子が知っている。わたしの友だちも、みんな一度は読んだことがある。何度も読んでいると、ところどころ暗記してしまい、誰かが声に出して読んでいると、他の子が「それ知ってる!」と集まってくる。  映画「アイ・アム・サム」の中にも、この絵本が出てきた。サムは知的障害を持ったお父さんで、毎晩寝る前に自分の娘に同じ本を読み聞かせる。リズムを楽しんで、二人で笑いながら。それで、サムは、読み終えると必ずルーシーに聞く。 「もう一回?」  何度も何度も繰り返して読む。ルーシーのためというよりも、自分が読みたいから。でも、お父さん思いのルーシーは、「飽きた」とは一言も言わない。サムが読める本は、ドクター・スースの本だけだ。七歳のルーシーが学校から持ち帰る宿題の物語本は、サムには難しすぎて読めない。  ドクター・スースの本は、同じことばの繰り返しやリズムがあって、物語本を読む前の練習になる。わたしもそうだった。声に出して、リズムに乗って読むと、楽しい。それに、自分で読める、と実感できるのは気持ちがいい。  最初の頃は、いつもお兄ちゃんに脇で助けてもらって読んでいた。 「ハナエ、このあたり、ほとんど繰り返しなんだから、ライムっぽく読むんだよ。おんなじリズムで」 「ライム……って?」 「box - fox とか、house - mouse とか……、同じ音のところだよ」 「cat - hat とかも?」 「そうだよ。なんかライム作ってみる?」 「rain - train……は?」 「オッケー、eat - meatも、そうだよ」 「cry……try」 「よし、カンペキだ」  お兄ちゃんからほめられて、得意になって次々とライムを出す。いったんリズムに乗れば、もっと上手に読めそうだ。 「I would not like here or there. I would not like anywhere……」  ちょっと長くて不安だけど、繰り返しが多いからだいじょうぶ。「I would not like」が続くところを、同じリズムで読めばいいんだ。  次のページも繰り返しのフレーズがある。 「Would you like them in a house? Would you like them with a mouse?」。  そして、最後のページは急に簡単になって、「Thank you! Thank you, Sam I am!」で終わる。  ほんと、歌みたい。なんとなく自信が出てきて、「もう一回」と読みたくなる。お兄ちゃんから「もう寝よう」と言われるまで繰り返し読んで、半分ぐらいは暗記してしまった。まるで映画のサムみたいに。  日本で絵本を読むようになっても、わたしは、こんなにたくさんライムが入った本に出会ったことがなかった。だから、ライムは英語の特徴なんだ、と勝手に思っていた。  ところが、本以外のところにもライムがあった。  わたしとお母さんが日本に引っ越して来て三年後、お兄ちゃんも日本に住むようになった。その頃から、お兄ちゃんの耳は、いつもヘッドホーンで塞がっていた。ヒップホップとか、ラップとか……そういうものを聴いていたんだと思う。ヘッドホーンから音が漏れてくるのを聴いても、わたしは別に聴きたいとは思わなかった。たまに、お兄ちゃんから「聴いてみるか?」と言われるけれど、反射的に「いい」と首を振ってしまう。夜中、お兄ちゃんが寝た後で、こっそりヘッドホーンを耳に当てると、爆発するような音量と早口の英語で、一瞬、頭がぶっ飛びそうだった。何を言ってるのか、さっぱりわからない。スキとかキライとかの問題じゃない。机の上にぐちゃぐちゃに重なっているCDのカバーを見ても、どれがどれなのかわからない。いつの間にか日本のグループのCDが少しずつ増えてきたのに気づいて、聞いてみた。 「ヒップホップとかラップって、日本にもあるの?」 「あるよ。日本語で韻踏んでるのも、けっこういいぞ」 「韻踏むって?」 「ライムだよ」 「ふうん……」  わたしは、小さい頃にお兄ちゃんとやったライムゲームをぼんやりと思い出した。でも、ヒップホップということばの意味すら知らないし、ラップとの違いもわからない。ここまでの反応が限界だ。お兄ちゃんは、わたしの興味なさそうな顔を見て、またヘッドホーンをつけて音楽を聴き始めた。  ちょうどその頃、小学校卒業を前に、学校では、昼休みにリクエスト曲をたくさん流すようになった。ほとんど毎日、曲が変わる。  ある日、ケツメイシの「トモダチ」が紹介されて、音楽が流れてきた。   ずっと友達 だが時は経ち 変わりゆく町の中で 共に育ち  トモダチ……タチ……ソダチ……  これって、「ライム」だ。お兄ちゃんが教えてくれたあの「ライム」だ。誰がリクエストしたんだろう。全部、最後まで聴いて、こういう曲だったんだって初めてわかった。ちょっと、胸がつまりそうになった。わたしがもうすぐ卒業で、みんなと別れる直前だったから。  その直後、小学校を卒業した春休み、ドラマ「4TEEN」の撮影があった。ラストシーン近くで、わたし(ルミナ)が学校に歩いて行くところが出てくる。ルミナは摂食障害があって、引きこもりの女の子だ。でも、同じクラスのテツローの支えもあって、久しぶりに学校へと向かう。テツローが振り向くと、ルミナが歩いてくる。ルミナがひとりで歩いて来るのを待っていてくれる。ジュン達が後ろから走ってくる。上から映し出していたカメラがだんだん引いていき、学校の上から月島周辺、東京全体を映し出し、ケツメイシの「涙」が流れる。 [#ここから1字下げ]  弱さを見せる 怖さも癒える ありのままで俺で居れる  抑えこんだ感情なら今出そう ありのまま生きるなら今だぞ  涙の数だけ大きくなれる訳 そこに本当の自分があるだけ [#ここで字下げ終わり]  わたしは、「ただこらえて 気持ち抑えて」の「コラエテ、オサエテ」の部分のライムを意識して歌いながら、鼻がツンとしてきた。ルミナもテツローもジュンも、みんな学校に向かって歩いて行く。映画の中ではみんな十四歳だけれど、その時わたしはまだ十三歳になる直前だった。十四歳って、いろんなことがあって、たいへんな歳なんだ……って漠然としか思わなかったけれど、今は、わかる。たった一年のちがいだけれど、ものすごくちがうことがわかる。 [#ここから1字下げ]  人に傷つき 時にムカつき 自分の弱さに気づき  ズキズキする胸の鼓動を 抑える感情論を——— [#ここで字下げ終わり]  わたしは、ラストシーンに流れる音楽を聴きながら、ルミナのことを思った。ルミナが学校に向かって歩いていく。携帯でテツローと話しながら。でも、振り返って待っていてくれたテツローを見て、携帯を切る。わたしじゃないけれど、わたしだ。目の前のドラマの中に、引きこもりのルミナがいる。  同時に、「気づき……ズキズキする……」というフレーズを聞きながら、『グリーンエッグズ・アンド・ハム』を読んだ時のことを、次々と思い出した。  ライムがたくさん出てくる本を、「……in the rain,……on a train……」と声をそろえて、何度も繰り返し読んだこと。眠くなりながら、ライム・ゲームを続けた時のこと。「全部読めたよ!」と言うと、お兄ちゃんが「やった!」と一緒に喜んでくれたこと。  文字が本から飛び出して躍りだすような瞬間。ことばって、リズムに乗るとすごいパワーを持つ。 [#改ページ]   きつねの話「てぶくろを買いに」「きつねとぶどう」  朝起きたら、お母さんと川のそばを散歩して、ごはん食べて、「ポンキッキーズ」を観て、その後、おじいちゃんと庭に水をやる。  日本に引っ越して来て初めての夏。  今までは、毎年夏になると、お兄ちゃんとお母さんとわたしの三人で日本に来ていた。でも、今年はお母さんと二人。お兄ちゃんは、オクラホマのグランマとグランパの家に遊びに行った。  この夏、お母さんは離婚した。  離婚すると、どっちか一方の親と生活することになる。それはわかっていた。  キンダーガーテンで一緒だったアシュリーは、お母さんと二人家族だと言っていた。アシュリーのお母さんは小学校の先生で、毎朝、アシュリーを送ってからお仕事に行っていた。アロンのお母さんも離婚していたのは知っていたけれど、お誕生会には、アロンのお父さんとそのガールフレンドも来ていて、みんな仲良く写真を撮っていた。アパートの隣の部屋のロビーとステファニーは、いつもお父さんと一緒だったけれど、離婚していたなんて知らなかった。金曜日の夕方になると、いつもみんなで仲良く出かけていたから。お母さんを見かけないのは、いつも帰りが遅いせいだと思っていた。  こうやって周りを見てみると、親が離婚しても、その後、大きな変化があるとは思えなかった。ただ、はっきりしていたのは、わたしはお母さんと日本で生活する、ということ。アメリカにいるウォルター(お父さん)とは遠く離れただけで、また行ったり来たりできる。「家族」であることには変わりない……と思う。お兄ちゃんだって、来年の夏には日本に遊びに来るって言ってたし。  夏休み中は、福島のおじいちゃんとおばあちゃんの家にいることになった。お母さんは、ときどき東京に仕事に行く。朝一番早い新幹線に乗るから、六時ごろ家を出る。  お母さんが仕事のある日は、わたしは、隣の家に遊びに行ったり、家の前で自転車に乗る練習をしたり、親戚のおばちゃんの家に行ってお線香上げてチーンとやって、おせんべいをもらったり、猫と遊んだりする。「お母さんがいなくて、ずっと日本語だけでつかれない?」と聞かれるけれど、ぜんぜん大丈夫。朝から日本語だけ話していると、不思議とスラスラ出てくるようになる。お母さんだって、夜帰ってきて、わたしが普通に日本語を話しているのを見ると、驚いたように、「うまくなったね」と言う。  お母さんが休みの日は、午前中、一緒に図書館に行く。一階が子どもの本のあるところで、あまり人が来ない。お母さんもわたしも、アメリカにいた時の癖で、ヒソヒソ声で話すけれど、日本の図書館ではそんな必要はないみたいだ。みんな堂々と大きな声で話しているし、小さい子が騒いでいても、走り回っても、誰も注意しない。アメリカの図書館では、ちょっと話したり音を立てただけで周りの人から叱られていたのに。なんでこんなにちがうんだろう。  本の量は、アメリカの図書館の方が絶対に多いけれど、日本の図書館にしかないものがあった。それは、紙芝居。  初めて見た時は、大きな絵が何枚もケースに入っていて、なんとなくワクワクした。お母さんは、ケースから厚い紙を取り出して、テーブルの上でトントンと両端を揃えると、周りに人がいないのを確かめてから、わたしに「はい、前に座って」と小さい声で言った。そして、絵を立てたまま、「じゃ、行くよ」と話し始めた。 「お母さん、そっちからだと、絵が見えないよ」 「いいの、いいの」  そう言いながら、お母さんはゆっくりと次の絵を出して話を続ける。わたしは次第に話の中に引き込まれていった。おもしろい。次から次へと絵がかわる。しかも、話の場面が変わるタイミングぴったりに。 「……おしまい」  お母さんは、絵をパタンとテーブルに置いた。 「なんでこの話、知ってるの?」  わたしが聞くと、お母さんは笑って絵の裏側を見せた。 「ほら、ここに書いてあるから」  初めて見た紙芝居。こんなのアメリカにはなかった。マジックみたい。本を広げて脇で読んでもらうより、こっちの方が絶対にいい。 「どれ借りようかな……」  お母さんは、最初から目的のものがあるように、あちこちを探し回った。そして、「あった、あった」と嬉しそうに紙芝居を二つ取り出した。  選んだのは、『てぶくろを買いに』(新美南吉)と『きつねとぶどう』(坪田譲治)。 「両方とも、きつねの話だよ」  受付に行く階段を上りながら、お母さんが言った。 「きつねの話? それ、知ってる。イソップ物語! きつねがぶどうを取ろうとしたんだけど、何度ジャンプしても届かなくて、最後に『フン、どうせあんなの、すっぱいぶどうだよ』っていう話。でも、あれ、わたし、あんまり好きじゃない」 「その話じゃないよ」 「え? ちがうの? じゃあ……、ネコときつねの話? 二匹のネコがごちそうの取り合いをしてるところにきつねが来て、『ケンカしないように、ちょうど半分にしてあげるよ』って言って、片方のネコに『こっちが多いから』と言って少し食べて、もう一匹のネコにも『こんどはこっちが多くなっちゃった』と言ってまた少し食べて、それを繰り返しているうち、きつねがごちそうを全部食べちゃった、って話」 「残念でした。それもちがうよ」 「……え? なんで?」  お母さんは、ため息をついて言った。 「日本のきつねは、そんないじわるじゃないよ。温かくて、やさしいんだから」  そうかな。やさしいきつねなんて、ほんとにいるの?  家に帰ると、さっそく居間のテーブルで紙芝居が始まった。最初の話は、『てぶくろを買いに』。  お母さんぎつねは、子ぎつねを人間の町へ行かせることにした。てぶくろを買うのが目的なので、まず、坊やの片方の手を人間の手に変えた。そして、「人間の手のほうを出して、『この手にちょうどいいてぶくろをください』っていうのよ。きつねの手は出しちゃだめよ」と言った。坊やは雪の中を走って、人間の住む町へ行った。お店のドアを叩いたところまではいいけれど、坊やは、まちがえてきつねの手を出してしまった。でも、その店のおじさんは、きつねの子だと知りながら、親切にてぶくろを売ってくれた。帰り道、子ぎつねは、家の窓の向こうに、人間のお母さんが子守唄をうたっているのを見る。そして、お母さんぎつねに早く会いたくなって、大急ぎで家へ走った。お母さんぎつねは、坊やが戻ってくるのを、ずっと外で待っていた。坊やが、「人間ってこわくないよ。こんなにあたたかいてぶくろを売ってくれたよ」と言うと、お母さんぎつねは、「ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやく。そして、お母さんぎつねと子ぎつねは、真っ白い雪景色の中を家へ帰っていく。———  少しさびしくて、やさしくて、あったかい話。ちょっと不思議なのは、お母さんぎつねが、子ぎつねをひとりで町に行かせたこと。こわい人間の住むところなのに。アメリカでは、小さい子がひとりでどこかに行くなんて、絶対ダメって言われていたし、ひとりで学校に行くのもダメだった。でも、この話の中で、お母さんぎつねは、子ぎつねが帰ってくるのを外でじっと待っていてくれたし、子ぎつねは、ちゃんとひとりで買い物をして帰ってきた。  わたしが覚えていた「ずる賢いきつね」とはちがう。  次の話は、『きつねとぶどう』。  きつねの坊やがおなかがすいたので、お母さんぎつねは、ひとりで食べ物を探しに行く。山を三つ越えてぶどう畑に着くと、お母さんぎつねは、ぶどうをひと房、口にくわえて、大急ぎで家へ向かった。途中、疲れたのでひと休みすることにした。もう家の近くまで来ている。そのとたん、犬が吠えるのが聞こえた。猟師が近くにいることに気づいて、お母さんぎつねは、大きな声で叫んだ。「コーン、あぶない。早く逃げなさーい!」と。子ぎつねはびっくりして逃げ出した。それから一年、二年と過ぎて、子ぎつねは立派な若者になった。でも、お母さんぎつねは帰ってこなかった。ある日、小さい頃お母さんと住んでいた辺りに来たら、そこにだけ一本のぶどうの木があった。ぶどうを食べてみると、とってもおいしい。そして、その時急にお母さんが「待っておいで。おかあさんがおいしいものをとってきてあげる」と言った声を思い出した。その瞬間、どうしてお母さんがそこにいないのか、わかった。———  お母さんぎつねは、きっと、猟師に殺されたんだ。それは書かれてないけれど、わかる。すごく悲しくてさびしい話。でも、あったかい。 「賢くてやさしいきつね」って、ほんとだ。ここに出てくるきつねは、人間みたいだ。  アメリカで読んでいた童話には、たいていクマさんが出てくる。内容は、分かりやすくてハッピーエンドのものばかり。でも、この、きつねの話はちがう。実際に何が起きたのか、この後どうなったのか、すごく気になる。はっきり説明していないので、わたしは、もう一回、もう一回、と、何度もお母さんに読んでもらった。  不思議なことに、『てぶくろを買いに』も『きつねとぶどう』も、お母さんと子ども二人だけの話だ。お父さんはいない。きょうだいもいない。今のわたしと少し似ている。ちょっと違うのは、両方の話とも、きつねが男の子だということ。  このきつねのように、いつかわたしも、お母さんから「ひとりで行っておいで」と言われるのかもしれない。  それから毎日、夜寝る前に、きつねの話を読んでもらった。一日のうちで、お母さんの声が一番やさしくなる時だ。声が高くなったり低くなったり、最後は消えるように終わる。読んでもらいながら、この間、お母さんから聞いたことを思い出した。  お盆が終わったら、東京に引越しをする。お母さんの仕事も忙しくなる。去年とちがって、夏が終わってもアメリカに帰らない。  久しぶりにお母さんの休みの日が来た。午前中に図書館に行く、と話していたのに、今日は朝から空が暗い。 「雨、降るかな」  わたしは、お母さんに聞いてみた。 「さあ、どうかな。降りそうだね」 「カサ持っていく?」 「ううん、いいよ。車だから」  でも、わたしは、念のためにオレンジのビニール傘を持った。ときどき朝の散歩に持っていく、わたしのお気に入りの傘だ。  図書館の駐車場に着いて、車から降りると、いつもダッシュで受付に行く。紙芝居を返す時、受付で「ありがとうございました」と言うのが楽しみだ。受付のおばさんが笑って、必ず「日本語じょうずね」と言ってくれる。  この日もそうだった。きつねの紙芝居を二つ返してから、新しい紙芝居を探したり、お母さんが借りる本を探したりしているうち、少しお腹がすいてきた。窓の外では、雨がザーザー降っている。お母さんは、「失敗しちゃったね。ハナエの言うとおり、傘持ってくればよかったね」と言った。入り口では、雨が止むのを待っている人が何人もいる。わたしは得意げに、傘立てからオレンジのビニール傘を取り出して、お母さんに見せた。  お母さんはびっくりした顔で、「えー、持ってきたの? ハナエ、持ってきてくれたの?」とうれしそうに言った。わたしは、ちょっと恥ずかしいような得意げな気持ちになって、ウン、ウン、とうなずいて、傘を差し出した。 「でも、この傘、小さいから、ハナエがひとりで使っていいよ。お母さんは車まで走っていくから」  お母さんは、本と紙芝居を大きな手提げ袋にザッと入れて、それを抱えて走り出そうとした。 「だいじょうぶ。いっしょに入れるよ」  わたしは、急いで傘をお母さんの前に出して言った。 「ありがとう。じゃ、入れてもらうね」  お母さんは、わたしの方に傘を傾けて、体を屈めた。  目の前がほとんど見えないくらい、雨粒が地面に叩きつけられて跳ね上がる。車は駐車場のずっと向こうに止めてしまったから、急いで走らないと。わたしのサンダル履きの足はびしょびしょに濡れてしまい、お母さんもスカートが足に張り付いている。  わたしは車のドアを開けて後部座席に乗り込むと、お母さんは手提げ袋を助手席においてから、傘を閉じて中に入った。運転席に座って、振り向いて笑うお母さんを見て、初めて気づいた。右側の肩から下がびっしょりぬれている。小さい傘だったし、わたしのほうに向けていたから、あんまり役に立たなかったんだ。タオルがあるから拭けばいいのに、お母さんは濡れていることにも気づいていないみたいだ。 「ハナエ、ありがとね」  わたしの傘は小さすぎたのに、「ありがとう」って言ってもらえた。「ありがとう」って言われるのって、うれしい。なんだか、急に大人になったような気持ちだ。  だいじょうぶかも。わたし、これから、いろんなこと、ちゃんとできるかも。お母さんがいない時も、ひとりでだいじょうぶかも。  図書館の帰りは必ず和菓子屋さんに寄って、お団子を食べる。奥で、おじさんとおばさんが二人でお団子を作っている。小さいテーブルが二つだけあって、そこで食べていく人はめったにいない。音楽も何もなくて、水槽の音だけが静かに聞こえる。  おばさんがあったかいお茶を持ってきてくれて、薄暗いお店の中で、お母さんと二人で水槽を見ながら、団子を食べた。 「お盆終わったら東京に行くの?」 「そう。もうすぐだよ。早く行きたい?」 「……うん」  アメリカの友達は、九月からは一年生になる。でも、わたしは、来年の四月にやっと一年生になる。それまでは、保育園に行くことになるそうだ。きっとそこにはアメリカ人はひとりもいない。日本人ばかりだと思う。  初めての長い日本の夏は、もうすぐ終わろうとしている。秋になったら、新しい生活が始まる。新しい友達もできる。 「人間って、ちっともこわくなかったよ」  子ぎつねは、帰ってきた時、そう言っていた。  だいじょうぶ……。きっと、うまくいく。  水槽の中の金魚を見ながら、わたしは、心の中で繰り返していた。 [#改ページ]   はせがわくんきらいや  今朝は、六時前に目が覚めた。夢の中で、わたしは、なかなか上手に本を読めなくて、「もっと練習しておけばよかった」と焦っていた。こんな時間に目覚ましなしで起きるなんて、やっぱりわたし、緊張してるんだ。  今日は五・六時間目に「読み聞かせ会」がある。四年生が一年生に絵本を読んであげる日だ。早起きしたおかげで、学校に行く前に練習する時間ができた。  この日のために、みんな、一か月前から自分で読む本を決めて練習していた。図書館の「すいせん本」リストや、先生から配られたリストの中から本を選ぶと、自然にグループが出来上がるようになっていた。二、三人でひとつのグループになって、一冊の本を読むパートを決める。でも、わたしのグループは、わたし一人。リストにない本を選んだから。わたしが読みたい本は、もうずっと前から決めていた。それは、『はせがわくんきらいや』(長谷川集平)。 「一人でだいじょうぶ?」  先生から言われて、わたしは「はい、だいじょうぶです」と答えた。一人でよかったんだ。正直言って、この本はわたしひとりで読みたかった。だから、ホッとしているし、ちょっと嬉しい。読んでる途中で気持ちをブツッと切って「はい、次の人」と交代するなんて、考えられなかった。  二年生の時、図書館でこの本に出会った。受付で本を借りて帰ろうとしたら、絵本のラックに立ててあった表紙に目が留まった。ヘロヘロの字と、ブッ飛んだ絵。ひっくり返るような格好の男の子達と、パンツ丸出しで石蹴りをしている女の子が描いてある。童話の世界からはほど遠いイメージだ。本を開いてみるとあまりに強烈で、わたしはその場に座りこんで読み始めた。あれ以来、何度借りてきたかわからない。「そんなに好きなら、買ってあげようか?」とお母さんが言ってくれたけど、絶版になってしまい、どこを探してもなかった。 「読み聞かせ会」で読む本は、絶対にこの本だと決めていたけれど、本当は、自分で読むよりも、関西弁の上手な人に読んで欲しい本だ。わたしは、テレビで聞く関西弁のイントネーションをまねして練習したけれど、全然自信がない。お手本がないから、わからない。おかしいところがいっぱいあるはずだ。  上手に読めるといいな。すごく不安。でも、あんなに練習したんだから、だいじょうぶ、きっとうまくいく。自分に何度も言い聞かせた。  お掃除の時間に、机と椅子を全部後ろに片付けて、大きな空間を作った。この後、四年生は本を持って、三つの教室に分かれる。がらんと空いた教室のあちこちに四年生のグループが分かれて、一年生は自分の興味のある本のところに行く。一冊の本を読み終えるのに十分ぐらいだから、一年生はいろんな絵本のところに行ける。時間があれば、全部のグループに回れるかもしれない。でも、移動の時間とか入れたら、せいぜい五グループぐらいかな。わたしのところには何人ぐらい来てくれるんだろう……。時間の計算をしたり、「お客さん」の人数を想像したりしていたら、頭の中がごちゃごちゃしてきた。  ドキドキする。やっぱり一人でやるのって、キツイかも。わたしは、本をひざに立てて、一年生を待った。  前のドアから、男の子が五人ぐらいドドッと入ってきた。周りを見回して、窓際のグループに向かう途中、そのうちの一人がわたしが持っていた本をちらっと見て立ち止まった。ボスっぽい男の子だ。急に気が変わったように、わたしの方を指差して、「こっちにしよう」と言い、走ってきた。すると、他の子もあとについて、いっぺんに男の子五人が移動してきた。 「じゃ、ここに座って」  わたしが言うと、みんな、すぐに体育座りをした。そして、後ろから入ってきた女の子四人も、真っ直ぐわたしの前にチョコンと座った。わたしが本を胸の前で立てて見せて、「はせがわくん……」と題名を読み始めると、また後ろから男の子達が入ってきて、すべり込みをするように急いで座った。みんなの目がいっせいに本の表紙に集まっている。わたしはゆっくりと深呼吸をして、一ページ目をめくった。 「この前なんか、ひどかったんや。ぼくら日曜日に……」  声の上がり下がりがむずかしい。わたしの関西弁は、勘だけが頼りだ。自分の心臓の音が聞こえる。緊張している。ピアノの発表会よりも、運動会の徒競走よりも。  そう、運動会の徒競走よりも……。  急に、さっちゃんが目の前の女の子の顔に重なった。さっちゃんに少し似ている。小さくて細くて、髪の毛がクシャクシャで……、でも、この子は、さっちゃんと違って、顔も手も足も汚れてないし、きれいなスカートをはいている。  前の学校のこと、さっちゃんのこと、さっちゃんのお父さんとお母さんのことが、いっぺんに目の前に浮かんできた。さっちゃんとは、一・二年生の時、同じクラスだった。  わたしは一年生からずっと、学校が終わると学童保育に行っていた。お母さんが仕事で遅くなるので、五時まで学童保育で遊んでから、家に帰ることになっていた。教室の中でおやつを食べて、外で遊んで、また中に入って折り紙で遊んだりしているうち、あっという間に五時になる。  さっちゃんとは別に仲良しでも何でもなかった。背の順に並ぶと、さっちゃんは一番前で、わたしは一番後ろだから、席が隣になることはなかった。家も近くじゃなかったから、いっしょに学校に行くことも、遊ぶこともなかった。さっちゃんは、帰りの会が終わると、一人で走って帰っていた。わたしが家に帰る途中、必ずさっちゃんに会った。休みの日に出かける時も、ピアノに行く時も、バレエに行く時も、お母さんと買い物に行くときも、必ず会う。わたしだけじゃなかった。クラスのみんながそう言っていた。さっちゃんに「会う」というよりも、「見かける」と言うほうが正しいのかもしれない。わたしから声をかけることもなかった。だって、さっちゃんは、いつも自転車で猛スピードで目の前を通り過ぎるだけだったから。  さっちゃんは、いつもそうだった。必死で、無我夢中になって自転車をこいでいた。今のわたしだったら、「どこ行くの?」ぐらい聞くと思う。でも、その頃は何も思わなかったし、関心もなかった。さっちゃんの自転車は、子供用の中でも小さい。なのに、坂道を下りる時はビュンビュン飛ばすし、大きな道路では、トラックや車の間をあっと言う間にジグザグに潜り抜けて行く。  さっちゃんはいつも、口のまわりが汚かった。ケチャップやソースがついていたり、眠っていた時のよだれのあとが白く乾いて残っていた。髪の毛も梳かしてなくて、グチャグチャ。それは、男の子にからかわれる材料を与えるようなものだった。シャツに食べこぼしがあるのはいつものことだったし、腕や足はカサカサしていた。それに、いつも風邪を引いているみたいに、鼻水が出ているか詰まっているかのどっちかだった。  女の子の中で、さっちゃんと仲良しの子はいなかったと思う。わたしも、仲良くしたい、とは思わなかった。  ところが、二学期が始まってすぐの日曜日、さっちゃんがお昼近くに突然うちに来た。ピンポーン、って、普通は一回だけなのに、何度も何度も鳴らすので、お母さんが急いで玄関を開けた。すると、さっちゃんが一人でドアの外に立っていた。そして、お母さんの後ろにいたわたしを見て、「ハナエちゃん、遊ばない?」とゆっくり言った。 「遊べない。出かけるの、ごめんね」  わたしがはっきり言うと、おかあさんは少し驚いたようにわたしの顔を見た。 「いつ遊べる?」 「わかんない」 「何時に帰ってくるの?」 「わかんない。買い物に行くから」 「お昼ごろ?」 「わかんない、って」 「じゃ、お昼過ぎ?」 「……」  なんか、やだ。さっちゃん、いつもこうなんだ。しつこいし、うざい。休みの日は、決まって自転車であちこちの家に「遊ばない?」と言ってまわってるみたいだ。でも、みんな断るそうだから、わたしも断ればいいや、と思っていた。 「ハナエ、じゃ、帰って来たら、さっちゃんに電話すれば?」  お母さんがよけいなことを言う。 「……じゃ、後で電話するね」  しぶしぶわたしが言うと、 「うん、でも、ウチいないかもしれないから、いいよ。じゃあねー」  あんまりアッサリ言うので、びっくりした。さっちゃんはくるっと振り向くと、マンションの階段をあっという間に駆け下りていった。  出かける、というのは本当だった。お母さんとチビ(ネコ)のエサと砂を買いに行くだけなんだけど。もちろん、家に帰る時間は、わからないはずなかった。でも、さっちゃんと遊ぶのは、めんどくさかったし、明日、みんながいるところで「ハナエちゃん、きのう楽しかったね」とか「また遊ぼうね」なんて言われるかもしれないから、避けることにしたんだ。  断ったけど、すっきりしない。なんか、もやもやしたような、いやな気持ち。  お母さんと自転車で買い物に行く途中、さっちゃんを見かけた。トラックのすぐ後ろを自転車で右に行ったり左に行ったりしていた。必死で自転車をこいでいる様子で、わたしには気づかなかった。急いでいるみたいだった。どこに向かっているのか……少なくとも、わたしの家と反対方向だった。わたしは、「見かけたけど、さっちゃん、急いでるみたいだったから」という言い訳ができたから、家に帰っても、さっちゃんには電話しなかった。  次の日、さっちゃんはわたしの家に来たことも忘れているみたいだった。わたしが「さっちゃん、自転車で急いでどこかに行くところを見かけたんだけど、早くて声かけられなかったよ」と用意しておいた言い訳を言うと、フツウに「うん」と言った。女の子たちは、「さっちゃん、また来たよ」「うちにも」と話している。そして、あんまり目立たない美咲ちゃんがヒソヒソ声で言うのが聞こえてきた。 「うちのお母さん、さっちゃんに、『お母さんに言って来たの?』って聞いたら、さっちゃん、『お母さん、寝てる』って言ってたよ。なんかへんだよね」  みんな、それを聞いて、「ねー」と言って笑った。  それから十日後ぐらいに、学校で運動会があった。  わたしは走るのは得意だし、五十メートル走では一番になる、と張り切っていた。自信もあったし、結果、ほんとに一等賞になった。徒競走は、応援もすごい。ビデオを持っているお父さん達がどんどん前に出てくる。大人も大声で笑ったり興奮したりするのを見て、ちょっとびっくりした。  さっちゃんは、練習の時と同じように、ビリだった。……というか、最初から競争する感じじゃなかった。運動靴が大きすぎる。足と運動靴の間にすき間が見えるし、紐もゆるく結んである。ちゃんと締めればもっと早く走れるのに。さっちゃんは、自転車に乗っている時の真剣な表情はなく、最初から諦めたみたいにフラフラ走っていた。  最後の整理運動が終わると、自分の椅子を持って、まず教室に戻る。そしてその後、グランドに戻り、皆いっせいに走り出して親を探す。人、人、人でごったがえして、グランドに砂嵐が起こったみたいに、真っ白で見えなくなった。わたしはお母さんを探し回っているうち、水筒を忘れたのに気がついて、急いで教室に走って行った。そして、水筒を取ってグランドに戻ると、もうほとんどの子が帰った後だった。  わたしは、道路側の入り口に行って、お母さんを待つことにした。しばらくあたりを見回していると、二人の大人の人がニコニコ笑いながら真ん中の子に話しかけながら歩いてくるのが見えた。歩きにくそうに体をゆすりながら不規則な歩幅で歩いているお母さんと、顔をくしゃくしゃにして笑っているお父さん。そして、真ん中にいるのは……さっちゃん。いつもと同じで、頭がぐしゃぐしゃだ。どこかで転んだのか、運動着のお腹のところが砂で汚れている。青い短パンの後ろからは、下着がちょっとだけ飛び出している。大きめの運動靴と細い足が対照的で、歩きにくそうだ。  お父さんもお母さんも、体の小さい人だった。何か障害があるみたいだった。でも、ふたりとも、真ん中にいるさっちゃんの手をぎゅっと握って、笑いながらさっちゃんの顔を覗き込んでいる。さっちゃんは、黙ってうなずいている。お父さんが、さっちゃんの頭を何度もなでている。  わたしは、さっちゃんに声もかけられず、ずっと突っ立ったまま見ていた。さっちゃんもわたしに気づかずに歩いて行った。  教室で見るさっちゃんとは違う。ひとりで自転車をこいでいるさっちゃんとも違って、両脇をがっちりとお父さんとお母さんに守られていた。さっちゃんよりも、お父さんとお母さんの方が、嬉しそうだった。  わたしは、三人の後ろ姿をずっと目で追いかけていた。  お母さんが別の入り口から走ってきた。 「ハナエ、こっち側にいたの?」  一瞬、さっちゃんのことを言おうかどうか迷った。でも、言わなかった。ただ、さっきの三人の後姿だけ、頭にこびりついていた。  今、目の前にいる一年生に、あの時のさっちゃんや友達やわたしが重なる。そうだ。わたしがこのくらいの時、この本に出会ったんだ。さっちゃんのマネをして、ひとりで自転車に乗って図書館に行った時、この本に出会った。  一年生は、わたしのヘタクソな関西弁と、本の絵の迫力とに、ゲラゲラ笑っている。……ところが、三ページをめくったとたん、一番前に座っている、髪の毛を二つに結んだ女の子の表情がサッと変わった。めちゃくちゃな絵に矢印で「はせがわくん」と書いてある。短いクレヨンで書いたようなへたくそな字がぎっしり並んでいる。その最初のことばは、 「ぼくは、はせがわくんがきらいです」  目の前の女の子は、本を食い入るようにじっと見た。気づいたら、シーンと静まりかえり、みんなの視線はわたしが持っている本に集中していた。次のページをめくろうとした時、わたしは初めて自分の手に汗をかいていたことに気がついた。 「幼稚園のとき長谷川くんは来たんや……」  乳母車に乗っていて、体が弱くて、すぐ泣く長谷川くん。 「頭に来て『泣くな』ゆうてなぐってやったんや」  長谷川くんが殴られて、鼻水と涙を弾き飛ばしのけぞっているスゴイ絵。そして、この男の子は、長谷川くんのお母さんから、長谷川くんは小さい時にヒ素の入ったミルクを飲んで体をこわしてしまった、ということを、聞かされる。 「おばちゃんのゆうこと、ようわからんわ。なんで、そんなミルク飲ませたんや。おばちゃんのいうこと、わからへん」  そう言いながら、ひまわりの花の向こうの縁側で、「おばちゃん」からキャンデーをもらって、長谷川くんとふたりで食べる。わたしの一番好きなところだ。わたしは、本の真ん中をぎゅっと開いて、一年生に、ゆっくりと見せた。そして、少し深呼吸をして、大好きな場面に入る準備をした。  この男の子は、「はせがわくんきらいや」と言いながらも、長谷川くんを野球に連れて行く。そして、三振ばかりする長谷川くんにイライラする。  長谷川くん もっと早うに走ってみいな。  長谷川くん 泣かんときいな。  長谷川くん わろうてみいな。  長谷川くん もっと太りいな。  長谷川くん ごはんぎょうさん食べようか。  長谷川くん だいじょうぶか。長谷川くん。  一年生の目が本に釘付けになっている。誰も笑わない。  長谷川くんが鉄棒からまっさかさまに落ちてしまい、男の子がバットを投げ出して駆けつける。そして、暗い道を、長谷川くんを負ぶって歩く。 「長谷川くんといっしょにおったら、しんどうてかなわんわ。  長谷川くんなんか きらいや。大だいだいだい だあいきらい。」  わたしは、本をパタンと閉じた。  女の子は、まだ本に釘付けになって、わたしの腕の中をじっと見ている。最初に座ってくれた男の子達は、丸い目をわたしに向けた。それで、終わったことにようやく気づいて、ぎこちなく笑ったり周りを見回したりしている。悲しそうな顔、泣き出しそうな顔をしている子もいる。反応はさまざまだ。  わたしは、「読み聞かせ」が始まる前は自信がなくて、一年生の反応が心配だったけれど、今、こうして一年生の表情を見て、ちょっとした「達成感」と「嬉しさ」が喉まで膨らんできた。  一年生が立ち上がって、次の本のところに移動する。さっきの男の子のグループのひとりが、わたしに近づいてきて、「おもしろかった」と言い、となりの教室に行った。たった一言だけど、すごくうれしかった。  六時間目が終わった。一年生は、自分が行った読み聞かせの中から一番良かったと思うところに感想カードを書いて、本を読んだ人に渡す。それでどうということはないんだけれど、四年生のわたし達は、やっぱりカードの枚数が気になる。  結局、わたしは、もらったカードの枚数が一番多かった。初めはそれだけに浮かれていたけれど、放課後、ひとりでカードをゆっくり読んでみた。本当は枚数よりも、何て書いてくれたのか、一番気になる。一年生の字は、長谷川くんの字みたいで、ちょっと笑える。 「楽しいんだけど、かなしかった。でも、さいごはおもしろかった」 「はせがわくんは、よわいとおもった」 「はせがわくんは、『きらいや』って何回も言われてかわいそう」 「絵がおもしろかった」 「はせがわくんはずっとないてた」 「関西弁で、おもしろかった」 「おれは、はせがわくんになりたくない」 「かなしかった。でも、最後はおもしろかった」 「かなしくておもしろかった」……。  カードを何回も読み返した。  悲しくておもしろい、って、ホントだね。 『はせがわくんきらいや』の読み聞かせは、一応うまくいった。でも、やっぱり、わたしじゃなくて、誰かに関西弁で読んで欲しい。それで、わたしは、聞く側に回ってみたい。長谷川くんをおぶって歩く男の子の声を聞いてみたい。 「大だいだいだい だあいきらい」と言いながら、暗い道を歩いて行くページを、もう一度ゆっくり開いてみた。  さっちゃん、今頃、どうしてる?  さっちゃんの一番仲の良い友達って、誰だったんだろう。  あの後、わたしは転校してしまったし、結局、さっちゃんとは一度も遊ばなかった。  ボサボサ頭のさっちゃん。真剣に自転車をこいで、ジグザグに大きな車の間を通り抜けていたさっちゃん。運動会の帰り、お母さんとお父さんに挟まれて歩いていった、さっちゃんの後ろ姿。  今頃になって、わたしは、さっちゃんを前よりも鮮明に思い出している。 [#改ページ]   ぼっこ  東京のはずれの町から都心部に引っ越したのは、小学二年生の夏。新しい学校では友達もいっぱいできて、毎日楽しい。自分が転校生だという意識もサッサと消えてしまうほど、何もかもスムーズ。そう思っていた。  なのに、ほんのちょっとした事から、それがひっくり返ってしまった。  三学期になったばかりの、学校からの帰り道だった。  校門を出て、商店街に入ると、真衣ちゃんのランドセルが見えた。いつも通り、石井さんと一緒だった。この二人は、家も近いし、幼稚園からずっと一緒らしい。  仲良しのはずなのに、いつもと様子がちがう。ケンカしてるのか何なのか、石井さんが後ろから真衣ちゃんを押したり叩いたりしていた。「どついてる」と言ったほうがいいかもしれない。真衣ちゃんは、何度も「やめてよ」と言いながら、振り払って逃げようとしていた。 「やめなよ! いやだって言ってんだから」  わたしは思わず言ってしまった。ちょっと声が大きかったかもしれない。石井さんがビクッとして振り向いた。真衣ちゃんは少しホッとしたようにわたしを見た。わたしは、別に真衣ちゃんをかばおうとしたわけじゃない。単に引き金だったんだ、と思う。  石井さんを見ながら、わたしは自分で結んだポニーテールを、左手でギュッと握っていた。  今日、体育の時間でのハンカチ落としで、石井さんがスピードを落として走りながら、わたしの左側の三つ編みをギュッと引っ張った。一瞬、頭がガクンと揺れてゴムがはずれた。わたしは驚いて石井さんを見た。あれって、わざとだったと思う。石井さんはわたしの斜め向かいに座り、何ごともなかったように、すぐに目を逸らせた。誰も、何も気づかなかったのかもしれない。わたしは自分で三つ編みができないので、仕方なく、ゴムでひとつに結んだ。  ハンカチ落としの後、体操で石井さんと二人組みになった。クラスで一番背が高いのは石井さんで、その次がわたしだから、背の順に並ぶと、いつもわたしと石井さんがペアになる。縄跳びでも体操でも、同じぐらいの背の高さだと、ラクに出来る。でも、今日は、何度やっても逆立ちがうまくいかなかった。ヘタクソ、と心の中で思った。自分にじゃなくて、石井さんに対して。 「ちゃんと足持ってよ」  わたしが石井さんに言うと、石井さんはあわてて「ごめん」と言った。笑ってなかったし、怒った様子でもなかった。本当は、わたしが足をピンと立てられないから、石井さんは両方の足首を同時につかめなかったんだ。それはわかっている。でも、わたしは、何度も尻餅をついて、イライラしていた。ひとつに結んだバサバサ髪にむかついていたのかもしれない。  だから、帰り道に石井さんを見たとき、反射的に大きな声が出てしまったんだと思う。わたしは自分でも少しびっくりしたけど、勢いがついて、止まらない。 「ね、真衣ちゃんも、思ってることはっきり言いなよ」  わたしが真衣ちゃんの肩を後ろから少し押して言うと、真衣ちゃんは、下を向いたまま、小さい声で「石井さん、やめて」と言った。  わたしと真衣ちゃんは、二人で石井さんに向き合う形になった。石井さんは、少し戸惑ったようにわたし達を見て、何も言わずに、ものすごいダッシュで走って行った。真衣ちゃんは、ホッとしたようにため息をついて、わたしに何度も「ありがとう」と言った。  急に仲間意識が出て、わたしは、そのまま真衣ちゃんと公園に行って遊んだ。真衣ちゃんと遊ぶのは初めてなのに、「親友」ができたような気分に浸りきっていた。  さんざん遊んで帰ると、お母さんが家にいた。今日は、仕事が早く終わる日だった。ずっと電話で話している。何か良くないことにちがいない。  冷蔵庫からミルクを出して、コップに注ぎながら聞いていると、すぐにわかった。相手は石井さんのお母さんだ。電話の向こうから声が漏れてくる。この電話が終わったら、わたしはお母さんに怒られるのかもしれない。お母さんは、ため息をつきながら静かに話しているけど、本当はどう思っているか、何を考えているのか、さっぱりわからない。  長い電話だった。お母さんは受話器を置くと同時に、わたしを呼んだ。今日のことを聞かれて、わたしは覚悟を決めて、出来る限り詳しく説明した。でも、お母さんから言われたのは、「三人の時にケンカなんてするんじゃないよ。理由はどうあれ、二人が一人を責めることになるんだからね」ということだけだった。あまりにもあっけないコメント。でも、それで終わると思ったのは甘かった。  次の日の帰り、マンションの前で、友達のお母さんから呼び止められた。 「最近、お友達とどうなの?」……と、初めて話しかけられて、すぐにピンときた。どこかから、あのケンカのことを聞いたんだ。「ハナエちゃん、去年、転校してきてからどう? お友達と仲良くしてる?」  もう一度聞かれて、わたしはただ「はい」と答えるしかなかった。おばさんは最初からおしゃべりモードで、「転校して来たばかりの頃、覚えてる?」と長々と話が始まった。それによると、わたしが今の学校に来た時、先生がわたしに与えた劇の役は、本当は他の子から「取った」もので、その子は役をなくしてしまい、「今でも傷ついている」のだそうだ。それに、その頃、クラスの中では、既にグループも仲良しのペアも出来ていたのに、わたしひとりが新しく入ったことで、グループの雰囲気が変わってしまった、という。  わたしが思っていたことと、まるでちがう。今まで考えてもみなかったことばかりだ。おばさんは、わたしに、「ほんとうはね、あの時はね……」とていねいに「事実」を説明してくれたのだと思う。でも、わたしは、すぐに理解できなくて、しばらくボーっとしていた。  夕方、八百屋さんの前で、お母さんが同じおばさんから話しかけられているのを偶然見かけた。多分、同じことを言われているんだ。額のあたりがジリジリする。  どうする? わたし。  石井さん、ケンカのことをみんなに話したのかな。そんなふうには見えないけど、わからない。周りの女の子は、石井さんには一目置いている。背が一番高いし、女の子のリーダー的存在だ。ただ、石井さんは誰かとすごく仲がいいってわけでもない。  わたしは、あれ以来、石井さんとはほとんど話してない。「おはよう」と「バイバイ」を言うだけ。  周りがわたしに求めていることはすぐにわかった。「反省」して、去年のことも含めて「あの時はごめんね」と謝ること。そしたら、わたしの位置も修正されて、またみんなの仲間に入れてもらえる。それで、わたしは少しおとなしくなる。  でも……こんなの、めんどうくさい。あやまる理由なんて、ないと思う。今まで楽しくやってきたと思っていたのに、わたし一人がカンチガイしていたなんて、かっこわるい。それを認めるのもいやだ。「知らなかった」ということさえ言いたくない。わたしがわたしじゃなくなる。  その結果として、わたしは「ひとり」になった。かっこわるいのを通り越して、屈辱的。それは、「花いちもんめ」から始まった。  前の学校では遊びでもやらなかった「花いちもんめ」を、この学校では体育の時間にやる。全員参加だから、ここでは自分の位置がよくわかる。  転校してきた頃は、いつもわたしが最初に「ほしい」と言われていた。両方を行ったり来たりしながらわたしは「またぁ?」なんて得意げに笑っていた。でも、今はちがう。「相談しましょ」の時、向こう側でわたしを指差してるので、次はわたしかな、と期待していたら、それは、「ハナエを残そう」、という合図だった。ひとり減り、ふたり減り、ついにわたしひとりになった。何回やっても同じ。わたしは最後まで残った。こんな時いちばん得をするのは、ふだん目立たない子だ。いつのまにかもらわれて行くし、スルスルとみんなの中に溶け込んでいく。 「相談しましょ」と言っても、わたしには相談する相手もいない。これって、もう、遊びじゃない。逃げ出してしまいたい。男子のキックベースに入りたい。「花いちもんめ」はきらいだ。  朝、友達に会えば、ふつうに「おはよう」と言う。ケンカもしない。わたしはクラスの中で浮いているわけでもない。体育では、今までどおり石井さんと二人組になる。でも、レクリエーションや総合学習で「二人組を作ってください」と先生に言われると、いつも「あまり」になってしまう。そうすると、先生が最後に、その時のあまり同士をくっつけてくれて、なんとなく時間を過ごすことになる。帰るとき、同じ方向の子が何人もいるのに「いっしょに帰ろう」とは言われない。ひとりぼっちじゃないけれど、なんとなくひとりだ。ぞろぞろと帰る中にまぎれて、適当に距離を置いて歩く。別にいじめられているわけじゃないし、シカトされているわけでもない。ただ、わたしには、いつも一緒、という相手はいない。  最初は、不安でドキドキしたりしたけれど、わたしは、「ひとり」にだんだん慣れてきた。そして、ひとりの時間をそれなりに過ごせるようになってきた。  春休みは、ほとんど毎日、図書館に行った。そして、夕方、ここでお母さんと待ち合わせをして一緒に帰るのがわたしの春休みの日課になった。  金曜日の午後だったと思う。お腹も空いていたので、本棚の間にある椅子に座ってボーっとしていたら、分厚い本の背表紙に、大きく「ぼっこ」と印刷されている文字が目に付いた。  本の背中の上を押して、下から引っ張り出してみると、表紙で、いがぐり頭の男の子が屋根の上に座って、ニヤッと笑っている。まるで、「読んでみろよ」と言ってるみたいだ。おもしろくなかったら、すぐに返せばいいんだし……と思いながら、表紙を開いてみた。  ところどころ出てくる挿絵も、なんとなく気になる。わたしは、表紙の男の子に、「わかった、読んでみるよ」と答えていた。  そして、受付で貸し出しの手続きを済ませると、さっそく地下のソファに移動して、『ぼっこ』(富安陽子)を読み始めた。  話は、主人公、茂のおばあちゃんのお通夜から始まる。  茂が奥の座敷に一人座っていると、突然「ぼっこ」が現れた。小学校に入る前くらいの、いがぐり頭の男の子だ。「ぼっこ」は、大きな目で茂を見上げてにやりと笑いながら、「おまえはもうじき、ここに住むようになるぞ。でも、心配すな。オレがついとるから」と言い、すぐにいなくなった。  その後、茂たちは、お父さんの転勤で、亡くなったおばあちゃんの家に住むことになった。再び「ぼっこ」が現れて、それ以来、茂が困っている時、不思議な力で必ず助けてくれるようになった。茂が学校で靴を隠された時、「ぼっこ」は池の主に靴を返してもらいに行き、友達が山のがけから落ちて意識不明になった時は、山の主に頼んで、オニヤンマの形になった魂を返してもらった。  友達の魂がトンボについてしまうって……あるのかもしれない。わたしは、ひいおばあちゃんを思い出した。  ひいおばあちゃんは、おじいちゃんのお母さんで、ずっと布団に寝たきりだった。体を曲げて横を向いて目をつぶったまま、全然動かない。だから、お兄ちゃんとわたしは「寝てるおばあちゃん」と呼んでいた。その時は九十三歳で、声を出すことも体を動かすこともできなかった。ただ、おかゆを口に持っていくと、唇がほんの少し動く。水を口につけると、喉がゴクンゴクンと動く。生きてる。喉が動くのを見ると、みんな寝てるおばあちゃんに話しかける。でも、もう目は開かないし、手も動かない。  暑い夏だった。「寝てるおばあちゃん」の家は、福島の田舎にあった。すぐ近くには、大きな山がいくつも重なって見える。家の中は、古くて茶色っぽくて薄暗い。木と畳のにおい。縁側と広い庭。庭の横にあるのは蔵だ。おばさんが時々出たり入ったりして、そのたびに鍵を閉める。寝てるおばあちゃんの部屋は一番奥にあって、裏側には竹林があった。窓も戸も開けっ放しだから、たまにスーッと風が入って来て、気持ちがいい。  わたしは、遊びに行くと、庭でトンボ捕りをするのが好きだった。でも、いつも逃げられてしまって、実際に自分でトンボをつかまえたことはなかった。さんざん走り回った後、そこのお姉ちゃんが助け舟を出してくれる。虫かごに二匹ぐらい入れてもらうと、わたしは「自分のトンボ」に満足して家の中に入る。玄関じゃなくて縁側から。体をよいしょっと持ち上げて、足を二、三回バタバタッと振って、サンダルを落とす。そして、大きいお姉ちゃんからアイスかスイカをもらって縁側で食べる。  あの日は、お盆の少し前だったと思う。トンボの入った籠を持って「寝てるおばあちゃん」の部屋に行くと、おじいちゃんがあぐらをかいて布団の横に黙って座っていた。おじいちゃんは、ひいおばあちゃんの「子ども」なんだ。ひいおばあちゃんの細くてガサガサになった腕、白い髪、小さく曲がった体。布団の脇にだらんと投げ出した手は、大きくてごつごつしていて、指が長い。おじいちゃんは、ゆっくりとうちわであおいでいた。  おじいちゃんの隣りに座って、「寝てるおばあちゃん」をじっと見ていると、さっきお姉ちゃんに捕ってもらったトンボが、虫かごの中でガサガサと音をたてた。そして、その時、裏の窓からトンボがスーッと入ってきて、「寝てるおばあちゃん」を包んでいるタオルケットの上にとまった。 「ハナちゃん、捕まえられそうだね。そーっと、とってごらん」  一番大きいお姉ちゃんが言う。でも、わたしは、なんだか怖くて手を出せなかった。とんぼは動かない。そこだけが絵のように止まったままだ。とんぼの羽が少し下を向いて休んでいるような格好になり、そのまましばらくじっとしていた。すると、急にとんぼはサッと飛び上がり一度部屋の中をぐるっと回ってから、裏の竹林に飛んで行った。それだけのことだったけれど、わたしは、とんぼが飛んで行ってから、ちょっと「寝てるおばあちゃん」が心配になって、覗き込んだ。一瞬、どこかに行っちゃったんじゃないかと思って。  それから一週間後、「寝てるおばあちゃん」が亡くなった。  ジリジリと暑い日だった。親戚の人たちがいっぱい集まって、座敷に布団をいっぱい並べて、そこにみんなで寝た。三十人か、四十人か……もっと多かったかもしれない。襖も障子も縁側の戸も外して、大きな広間に大人も子供も一緒に寝た。縁側に座って話している大人の人達もいた。すぐそばには、寝ているおばあちゃんが、いつものようにそのまま寝ている。白い布をかぶって。泣いている人はいない。人がいっぱい集まって、わいわいにぎやかなふんいきだった。ごちそうもたくさんあった。  次の日、お葬式の間、わたしは親戚のお姉ちゃん達と、裏の山でトンボを追いかけていた。この夏だけの命のとんぼは、夏の終わりを焦るように飛び回っていた。「寝てるおばあちゃん」は、九十年以上、毎年とんぼを見てきたんだ。  布団は、おばさんが川の近くで焼いた。もう、残ってるものはない。白い骨をおじいちゃんたちが箸でひろうのも見た。粉みたいなのが多くて、「『寝てるおばあちゃん』の骨だよ」なんて言われてもピンとこなかった。フーッと吹いたら、飛んで行ってしまいそう。川の近くとか、裏の竹林とか、ずっと向こうの山の方に。  茂がおばあちゃんのお通夜でぼっこに会ったように、寝てるおばあちゃんのお通夜の時にも、もしかしたら、ぼっこがどこかにいたのかもしれない。裏庭から、蔵の横から、竹林から、ひょっこり顔を出して、大きい目でわたしを見ていたのかもしれない。  三年生の始業式の日がやってきた。クラス替えの結果、わたしは仲良くなりかけていた真衣ちゃんとは別のクラスになってしまった。新しいクラスになっても、やっぱりわたしは出遅れていた。他の子はちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうに友達に話しかけて、次々とグループが出来ていく。  今度はちゃんと自分の位置も周りの様子もしっかりと確かめるつもりだったのに、わたしはいつのまにか取り残されてしまった。学年に二つしかないクラスなのに。自分と合いそうな友達、そのうち見つかるのかな。わからない。 「学校どうだった?」 「ふつう」 「何それ? クラス替えあったんでしょ? どうだったの?」 「ビミョー」 「……」  会話が続かない。お母さんもサッサとあきらめる。  学校からの帰り道は、相変わらずひとり。どうせなら、誰もいないところを一人で歩くのがいい。だから、わざとちょっと遅く学校を出たりして、わたしなりに工夫してる。  こんな時、「ぼっこ」が出てきてくれないかな。あの大きな塀の陰から、坊主頭の小さい「ぼっこ」がひょいと出てきて、「オレがついててやる。だから、心配はいらんで」と言ってくれたら、最高。  だいじょうぶなのかな。これから二年間、新しいクラスで新しい友達が見つかるのかな。ちょっと不安。  でも、「ぼっこ」は最後に言っていた。 「オレは、おまえの中におる」———って。 [#改ページ]   シューマン  四年生になり、わたしの「居場所」はあちこちに分散して、毎日の生活パターンもできてきた。学校が終わると走って家に帰り、急いでおやつを食べて塾に行く。塾のない日は、少しピアノを練習してから図書館に行く。夕方だったら小さい子がいなくて静かだし、地下でソファに座って雑誌を読むこともできる。  この頃から、ときどき図書館で石井さんを見かけるようになった。二年生の時、学校帰りに石井さんとケンカして以来、あんまり話はしてない。真衣ちゃんとはクラス替えで別れてしまったけど、石井さんとは今でも同じクラスだ。石井さんと真衣ちゃんは、あの時のケンカ以来、一緒に帰ることはなくなった。真衣ちゃんは前よりも明るく積極的で、今年は隣のクラスの代表委員に選ばれた。石井さんも、うちのクラスの代表委員だけれど、真衣ちゃんとは対照的だ。少し冷めていて、「落ち着いてる」と言ったほうがいいのかもしれない。友達はたくさんいるけれど、誰と一番仲がいいのか、よくわからない。いつも誰かとくっついてるわけでもないし、ハブられたこともない。自分の周りとは、いつも適度な距離をもっている。  石井さんもわたしと同じように、ひとりで図書館に来ていた。図書館の貸し出し用の袋を重そうに抱えて、受付で本をドサドサッと出して、返却手続きをしてから本棚に向かう。児童書をひととおり見て回ってから、地下のジュニア文庫に行く。わたしは、絵本の奥にある椅子に座って、いつも遠くから石井さんを見ていた。石井さんは、わたしには気づいていないようだ。わたしも、別に話しかけようとも思わなかった。  その日も、夕方、石井さんが入ってくるのを遠くから見ていた。そして、石井さんとの距離が本棚ひとつ分になった時、「ハナエ、いつもここにいるね」という声がして、体中がビクンとした。石井さんは、本から目を離さずに言った。 「いつもそこで本読んでるよね」 「あ、まあ……うん……」  びっくりした。いつ、わたしに気づいたんだろう。 「何読んでるの?」  石井さんは初めてわたしの方を向いた。 「何だったかな……。その辺にあるもの適当に取ったんだけど」 「見せて」 「ちょ、ちょっと待って」  石井さんが本を覗き込もうとしたので、わたしはあわてて本を閉じた。隠そうとしたのに、逆に表紙が丸見えになってしまった。 「シューマン? 何これ? 伝記?」 「うん」  わたしはできるだけ平静に言った。 「へえ。ハナエってこういうの読むんだ」 「読むよ。好きだもん、シューマン」  今度は、少し居直った。自分から最初に言っておけば、一昨日のようなことは避けられる。  掃除の時間、女の子達が集まって、笑っていた。 「ちょっと、これ、誰の? チョー受けんだけど!」「ホントだ、笑える!」「ダサッ!」  床に落ちていた『愛のしらべシューマン』の本のことだった。わたしの机の中から落ちてしまったものだった。自分の顔がかぁっと熱くなるのを感じながら、わたしは黙って本を拾った。  石井さんは、校庭の掃除当番だったから、あの場にはいなかった。だから、きっとこのことは知らない、と思う。  誰かをからかったり笑ったりする時は、自信のなさそうな子に対して激しくなる。それは、よくわかっていた。だから、わたしは、堂々と自分から言うことにした。 「シューマンって、わたしの大好きな作曲家だから」 「……この人、作曲家?」 「音楽室の壁に、いっぱい写真みたいなのがあるじゃない? あの中のひとりだよ」 「えー? あの中にいるの? なんか、へんな顔ばっかりじゃん。ムムッて顔してペン持っている人とか」 「あれはベートーベン」 「あと、太ってて、二重あごで、気難しそうな……」  わたしは、二重あご、と聞いて、笑い出してしまった。 「それ、バッハだよ」 「へーえ。すごいね、ハナエ。じゃあ、モーツァルトってどういう顔の人?」 「クルンクルンの髪で、目が少し笑っていて、明るくてかわいい感じの人だよ」 「ふうん……。で、この人が、シューマン、っていうの?」 「うん、あの写真の中では一番かっこいいと思うよ。やさしそうだと思わない?」  わたしは知らないうちに、石井さんの質問に答える形になっていた。 「ハナエ、ピアノ、やってるんだよね」 「うん」 「去年、コンクールに出たとか言ってたじゃん? 今年も出るの?」 「塾に行くようになったから、コンクールには出ない。両方やるのは無理だもん」 「そっか。塾の方を選んだ訳だ」 「わかんない。選んだ、ってわけでもないけど……でも、コンクールに出ないことにしたら、急に自分の好きな曲が増えたんだ。それって、ちょっと予想外だったんだけど」  わたしは、いつのまにか自分の事をペラペラとしゃべっている。 「そうなんだぁ。わたしは塾にも行かないし、ピアノも習ってないからよくわかんないけど」 「石井さん、習い事してないの?」 「お習字だけ。どうせ受験はしないし、お習字だって、家に帰って練習するわけじゃないからラクだよ。そのうち漢字検定の勉強でも始めようかなって思ってるんだ。お姉ちゃんもやってるし、自分で級を進めていくのって、おもしろそうだから」  石井さんは両ひざをさすりながら言った。座っているからズボンがふくらはぎ近くまで上がって、ハムタローのソックスがくっきり見える。ちょっと前に流行ったキャラクターだ。それを隠すように、石井さんはときどきズボンを下の方にひっぱる癖がある。石井さんの着ている服は、みんなお姉ちゃんからのお下がりだそうだ。でも、姉妹で背の高さはほとんど変わらないから、石井さんが「お姉ちゃんからのお下がり」と言って初めて学校に着てくるものは、みんなとっくに小さくなってるものばかりだ。  わたしは、自分の足元を見て、なんだかおかしくなった。石井さんとは反対に、長すぎるジーンズの下が擦り切れている。お兄ちゃんからのお下がりだ。  クラスの中で、一年中ズボンをはいているのは、石井さんとわたしだけだ。高いブランド品を知らないのも、この二人だけ。 「ハナエ、なんでシューマンが好きなの?」 「だって、曲がきれいだから。ピアノが一番きれいに聞こえるように作曲されてあるんだって。曲自体はそんなに難しくないんだけど、ハァーッてため息が出るくらい、すっごくきれいなんだよ」  考えながら、ゆっくりと言った。こんなふうに聞かれるのは初めてだから、ちょっとうれしかった。 「ハナエは、そのシューマンの曲弾くんだ。すごいね」  石井さんは、不思議そうに、でも、ほんとに感心したように言うので、わたしはあわてて付け加えた。 「ちがうよ。そうじゃなくて、わたしの先生が弾くと、やさしくて悲しい音に聴こえるの。あと、先生の先生が弾くのを聞いたことがあるんだけど、なんか、すごいんだ。キラキラ光るような、透き通るような音で……。オーストリア人の先生で、普段は厳しくてこわい人なんだよ。真っ赤になって目をカーッと見開いて怒鳴るような人なのに、シューマンの曲弾く時は別人になるの」  自分でも不思議になるくらい、次々とことばが出てくる。石井さんは、わたしのとなりに座って、「へーえ」とか「ふうん」とか何度も言いながら聞いてくれた。 「だから、シューマンってどういう人なのかな、って思って、伝記を読んでみることにしたんだ」 「そっかあ……。じゃ、わたしも伝記、読んでみようかな」  石井さんは、図書館の手提げ袋を覗き込みながら言った。軽く十冊は入っている。 「それ全部借りるの?」 「うん、たぶんね」 「見ていい?」 「いいよ。同じ人のばかりだけど」  そう言いながら、石井さんは本をごっそり取り出した。赤川次郎の本が五冊ぐらいあって、あとは『作文の書き方』や『マンガの描き方』という難しそうなのもある。 「石井さん、こういう本、借りるの? 作文もマンガも得意なのに、こういうのも読んでるわけ?」  わたしが聞くと、石井さんは、少し恥ずかしそうに笑った。 「もっとうまくなりたいもん。わたし、けっこう気合入れてやってるんだよ。夜は、だいたいマンガ描いてるんだ」  知らなかった。マンガの描き方をちゃんと勉強してるなんて。なんとなく適当に描いてるんじゃなかったんだ。 「じゃ、わたしそろそろ帰るね」  石井さんはそう言うと、サッと立ち上がった。いつもの癖で、ズボンの太もものところをちょっと下に引っ張って、短くなっていたズボンを元の長さに戻す。それでもまだ、くるぶしが見えているんだけど。  石井さんは受付のカウンターに行って、貸し出しの手続きを済ませると、後ろを振り向いてわたしに手を振った。  同時に、出入り口近くのカラクリ時計がメロディーを流し始めた。楽隊のメンバーが次々と出てくる。五時。石井さんはいつも今頃の時間に帰って行く。もしかしたら、図書館にいる時間もちゃんと決めているのかもしれない。  わたしは急にソワソワし始めて、家に帰ることにした。今日は早めに帰って、ピアノを弾こう。シューマンの「トロイメライ」から。今日は、前よりも少し上手に弾けるような気がする。  次の日、学校に行くと、教室の外には新しく俳句が貼ってあった。ちょうどわたしの上に、石井さんの俳句がある。トメ・ハネがしっかりしたきれいな字だ。むずかしいことばが使われているけれど、わざとらしくない。  石井さんの席は、廊下側の一番後ろ。わたしの席は、そこから一列置いた一番後ろだ。背が高いと机も椅子も高くなるから、いつも後ろの方になってしまう。並ぶ時も、石井さんが一番後ろで、その前が、わたしだ。  石井さんは、休み時間は、たいてい後ろの端の席で本を読んでいた。わたしが屋上でドッジボールをやっている間、石井さんは教室で赤川次郎を読んだりマンガを描いたりしていた。  数日後の学校帰り、急に後ろからカバンをドンと叩かれた。石井さんだった。 「びっくりした?」 「びっくりしたよ。やめてよね、後ろからどつくの」 「前にも同じようなこと、ハナエから言われたね。去年……覚えてる?」 「そうだっけ?」  ケンカになった時の事だ、とすぐに気づいたけど、わたしはわざと知らん振りをしていた。 「ハナエ、来年、一緒に委員会に入んない?」 「え? でも、石井さん、絶対また代表委員に選ばれるよ。代表委員って、女子一人、男子一人だけだから、わたしはどっちにしても無理だよ」 「わたし、代表委員はもういいかな、って思ってるんだ。ずっとやってるから、ちょっと飽きた。それに、もっといいのがあるから」 「いいの、って?」 「計画委員」 「なに? それ」 「クラスに関係なく、学年とか学校全体の行事を細かく計画する仕事だよ。代表委員より忙しいし、女子とか男子とか関係なくて、クラスから二人出すんだって」 「へー、そうなの?」 「うん、お姉ちゃんから聞いたんだ。五年生になると、代表委員なんて名前だけで、実際にいろんな行事で活躍してるのは、計画委員なんだって」 「でも、またクラス替えあるから、一緒に計画委員になれるかどうかわかんないよ」  わたしは、そう言いながら少しドキドキしてきた。つい最近まで、来年こそ石井さんと離れたい、って思っていたから。でも、今、それはない。むしろ逆で、石井さんと一緒だったら楽しくなるかも、と思うようになってきた。 「もし別のクラスになっても、ハナエ、計画委員に立候補しなよ。そしたら、一緒に委員会の仕事できるじゃない」  石井さんは、そう言ってニッコリ笑った。初めてだった。こういう笑顔を見たのは。何だかよくわからないけど、うれしい。 「うん、そうする」 「来年、まだまだ先だけどね」  久しぶりに友達と一緒に帰る道。あっという間に、マンション近くの交差点に来た。 「じゃ、ね」  前によく真衣ちゃんたちとしていたように、交差点でしばらくおしゃべりしようと思ったら、石井さんは、そのまま交差点を渡って帰って行った。「バイバイ」と言った後は、いちいち振り向かず、石井さんは大またでまっすぐ歩いて行く。  計画委員に立候補……か。  一緒にやる相手がいる。相談したり計画したり、一緒に出来る相手が待っている。  やってみよう。ちょっと自信ないけど。  わたしは、石井さんのうしろ姿を見て、決めた。 [#改ページ]   小さき者へ  六年生の六月。わたしは、少し遠くの塾に通うようになった。今までどおり自転車、というわけにはいかない。電車で九つ目の駅なので、家に帰るのは十時ごろだし、ゆっくり本を読んでいる時間はない。「本を読むのは五年生まで」と塾の先生が言っていたのは、こういうことだったんだ、と気づいた。悔しいけど、本当かも。  わたしは、電車の中の二十分を、本を読む時間に充てることにした。かばんの中には、いつも本が入っている。  今読んでいるのは、重松清さんの『小さき者へ』。  電車の中だけで読むつもりが、昨夜は一時半までやめられなかった。おかげで、今、眠くてしょうがない。  離婚の話が出てきたり、不登校の息子に語りかける父親が出てきたり、いろんな家庭が描かれている。けっこう重いし、辛い。でも、あったかい。最後は、ずっしりと重かった気持ちから解放される。うしろから軽く押されて「だいじょうぶ」と言われているような気持ちになる。  四つ目の話、「団旗はためくもとに」を読み始めた時、気持ちが弾んだ。これだよ、これ。ずっと会いたかったんだ。こういう主人公に。  ———主人公のお父さんは、元応援団長。ヤクザに間違われるような強面とイカツイ服装で、今でも応援団の精神を貫いている。口下手で不器用なお父さんだけど、美奈子のことを大切に思っている。美奈子はそれがわかっていながら、お父さんに反発する———。  なんとなく想像がつく。わたしも、もしこういうお父さんがいたら、文句を言ったりシカトしたくなると思う。「お父さんがキライ」というんじゃなくて、ちょっと「うざい」だけ。二十歳ぐらいになればお父さんにやさしくなれる、というのがわかってる。だから、それまでは、ちょっと好き勝手なことを言って、わがままな自分を通してみたい……ってことなんだと思う。いいな、そういうの。やってみたい。実際にいれば、の話だけど。  あっという間に渋谷駅に着いた。いいところなのに。このまま駅二つ分ぐらい乗って、折り返して戻ってくれば、あと十分ぐらいは読みつづけられる。この時間なら、塾にも遅刻しないで余裕で間に合う……。そんなことをあれこれ考えてモタモタしていたらドアが閉まりそうになってしまい、わたしは反射的に飛び降りた。続きはお弁当の時間に読めばいい。  駅を出て、歩道橋を上り、走って塾に向かった。橋の上が一番暑い。アスファルトがやたら柔らかくボコボコしていて、照り返しがまぶしい。  教室に入ると同時に、算数のプリントに取りかかる。まもなく、算数の授業が始まり、お弁当の時間と続いた。肩から腕が冷え切っている。外は蒸し暑いのに、塾の中は冷房がガンガン利いているから、カーディガンなしでは寒い。わたしは、電車に乗る前にコンビニで買ったおにぎりとりんごジュースを出した。温かいお茶にすればよかった。いつもこうやってお弁当の時間になってから後悔する。とにかく急いで食べて、さっきの本の続きを読もう。今はそれで頭がいっぱいだ。他の子は皆、自分の席で黙々と食べている。食べながら、問題を解いている子もいる。 「ハナエ、今日のおにぎり、何?」  沙羅が後ろから声をかけてきた。ひとりだけ自分のペースを守っているのが、ここにいた。 「かつおとツナマヨ。もうコンビニのおにぎりの種類、全部食べたかも。イクラと切り昆布を除いて」  そう言いながら、何気なく見た沙羅のお弁当には、豪華なおかずがぎっしり詰まっていた。 「すごい! 沙羅のお弁当、おいしそう! 何これ? もしかしてチヂミ!?」 「うーん。たいしたことないよ、フツウだよ。……てか、わたし、ヤなんだ、これ。ニオイがすごいよね。やめてくれ、って言ってんのに」  沙羅は箸を置いて、後ろに伸びをした。重ね着をした二枚のノースリーブの下からおへそが見える。左右に頭を動かして、ゆっくり首を回しているのが、かっこいい。一歩まちがうと、オバサンくさくなってしまうけど、沙羅がやると、いかにも頭のいい女の子が「算数の問題を解きまくって疲れました」という感じだ。実際そうなんだけど。わたしもつられて後ろに体を反ってみたけれど、ダボダボのTシャツはしっかりお腹をカバーして、全然キマってない。 「沙羅のお母さん、気合入ってるよね。特製弁当、だね」 「オヤジだよ」 「え?」 「オヤジがつくるの。毎日。ヤメロっつってんのに、オヤジ、弁当作りは趣味でやってんだよ」 「いつ作るの? ご飯とか、いつも温かいよね。塾に来る直前に作ってるの?」 「家で仕事してるからね。ちょうど三時ごろ休憩とるから、これはオヤジの気分転換なの」 「へーえ……」 「よく美容院の看板とかあるじゃない? ああいうのをデザインする仕事なの。それで、オヤジはいつでも家にいるんだ。ずっと家にいるのって、こっちとしては全然嬉しくないんだけどね」  オヤジ……か。沙羅は自分のお父さんのことをオヤジって呼んでいるんだ。わたしの友達はみんな「パパ」とか「お父さん」と呼んでいるみたいだから、ナマで聞くと、すごく新鮮でドキドキする。男の子が「オヤジ」と言うのはたまに聞くけれど、慣れないのに無理してる、って感じだ。「オヤジ」ということばは、最後にざらっとした音があるけれど、沙羅が言うと、乱暴に聞こえない。仲良いんだけどベタっとしてなくて、ボールを近くでポンポン投げ合っているような軽い温かさがある。 「お父さん、オヤジって呼ばれて怒んない?」  わたしが聞くと、沙羅は卵焼きの半分とチヂミの半分をお弁当の蓋に載せて、「はい、ハナエの分ね」と差し出しながら言った。 「ぜーんぜん怒んないよ。だって、ほら、見てみ」  そして、携帯電話を取り出すと、すばやく親指を動かして受信メールを開き、わたしにその画面を見せた。 『がんばれよ。オヤジより』 「塾に来てるんだから、ちゃんとやってるっていうのに、こうやって一日一回は送って来るんだよ」  沙羅は、眉をちょっとだけしかめて、でも最後はニコッと笑いながら言い、最後の一口のご飯を食べた。  沙羅とは、この塾に通い始めてすぐに友達になった。  帰り道、わたしが早足で歩いていると、沙羅が後ろから話しかけてきた。「電車で帰るんですか?」と、デスマス調で。振り向くと、くったくなく笑っている女の子がいた。あの子だ。字に特徴のある子。マル字じゃなく、サラサラサラと流れるように大人っぽい字を書く子だ。全教科がすごくできて、特に国語ではトップ。今日のテストでも最高点だった。明るくて、いつも次々と冗談を飛ばす。ウケを狙っている、という感じは全くなくて、サラッと話すんだけど、みんなドッと笑う。それでいて、どこか落ち着いている。こういうタイプの女の子、初めて会った。着ているものも、他の子とちょっと違う。キャラクターものでも流行のものでもない。シンプルなシャツをうまく重ね着して、ミニスカートと組み合わせ、よく似合っている。いつもお決まりのジーンズをはいているわたしとはあまりにも対照的だ。なんだかレベルが違うような気がして、わたしは自分から話しかけるのを戸惑っていた。  それが、沙羅の方から丁寧なことばで話しかけてきたので、わたしはびっくりして、素直に「はい」と答えた。  わたしがゴソゴソと回数券を探していると、沙羅はスタスタ改札口に向かい、カードをつけた。ピピッという音と共に改札口が開き、かっこよく通り抜ける。その間、たったの二秒。 「す、すごい。何ですか、それ?」  わたしが、慣れない口調で聞くと、沙羅はニコッと笑って答えた。 「これ、この間出たばかりのスイカって言って、これだといちいち切符買わなくて済むし、ピッとくっつけるだけで出られるから便利なんです。チャージもできるし」 「チャージ……って?」 「お金が足りなくなったら、またお金を払って、このカードに付け足すんです」 「はあ……」  わからない単語ばかりで、わたしはただ目を丸くするだけだ。「すごいですね」ということばしか出てこない。  電車は相変わらず混んでいて、新宿までは身動きが取れない。もう十時近くだというのに。みんな、こんな時間まで何やってんだろう。……そういうわたしも、こんな時間に電車に乗ってるんだけど。  新宿でドッと乗客が降りて、やっとスペースができると、沙羅はふうっと息をついて、わたしを見てニッコリ笑った。 「わたし、次の駅で降りるんです。これから『ハナエ』って呼んでいいですか?」 「あ、はい」 「わたしのことも、サラって呼んでね」 「はい」  次の駅までは二分。あっという間に「新大久保」の文字が見えてきた。そしてドアが開くと、沙羅は、「じゃね。バイバイ」とあっさり言って、電車を降りた。  友達になれるかも。わたしはだんだん嬉しくなってきた。受験まであと半年ぐらいしかないけれど、ちょっと無理してでも遠くまで通うことにして良かった。特別コースに入ると、「成績が一挙に上がるか下がるかのどちらかで、一か八か、やってみるしかない」とギャンブルのようなことを言われていたけど、沙羅と出会えただけでも良かった。ホントに。  それ以来、わたし達は一緒にいることが多くなった。塾では隣りの席で、帰りも同じ電車に乗った。話題になるのは、だいたい家のことや友達のこと。特に沙羅が毎回話題に出すのは、沙羅の「オヤジ」のことだ。厳しくて、短気で、よく怒鳴る。「また夕べ、うちのオヤジが酔っ払ってさあ」と話すのはしょっちゅうだった。  沙羅は、「あのオヤジ、頭にくる」と言いながら、けっこうお父さんとは仲が良いみたいだ。それは、「団旗はためくもとに」の美奈子と同じだ。沙羅のお父さんは、学校の参観日では、一時間目から六時間目までずっと教室で沙羅を見ているというし、ときどき塾にも迎えに来る。沙羅には期待をかけている。  沙羅と話していると、「お父さんはお仕事に、お母さんは家でご飯をつくります」的な話が出てこないのは、わたしにとっては新鮮でもあり、現実味もあった。  でも、沙羅のお父さんがお弁当を作る、というのは初耳だった。この間、野口健という登山家が、「子どものころ親父が作った弁当は、鮭弁だけで、ご飯の上に鮭が乗っているだけだった」とテレビで話していたから、「お父さんがつくるお弁当」って、みんなショボイものだと思っていた。だから、沙羅のお父さんが、あんなに手の込んだお弁当を作るなんて、いまだに信じられない。  次の日の夕方、わたしはコンビニでいつものようにおにぎりを買って電車に乗った。朝、お母さんは財布からお金を出しながら、ちょっと悪そうに言った。 「いつもゴメンね。夏休みになったら、ちゃんとお弁当作るから」  そんなふうに言われると、わたしも少し期待しそうになる。最初のころ、毎日「何にしよっかなー」と楽しみで、おそばにハマッたこともあった。最後に飲む汁がうまい! コンビニおにぎりもほとんど制覇した。鮭・ツナマヨ・おかか・鶏五目・チャーハン・鰻・ソーセージ・スパム……などなど。  友達はほとんどが手作りのお弁当だけど、わたしは、ウサギの形をしたりんごとか、顔が描いてある海苔とかを見ても、別にうらやましいとは思わなかった。横目で見て、「海苔って、描くもんじゃなくて、巻くもんだべ」と思っていた。でも、沙羅のお弁当は違う。いろんな種類が入っていて、どれも飾りじゃない、ちゃんとした食べ物で、おいしそうなものばかりだ。  わたしは、棚にずらりと並んでるおにぎりを見回して、まだ食べてなかった「切り昆布」を選んだ。残りは、イクラだけだ。  電車に乗ってから気付いた。今日は、火曜日だったんだ。国語のプリントがある日だから、急がないと。プリントは授業の前にやる。全部終わってないと、この間のようにとんでもない点数になってしまう。それでなくとも、わたしは問題を解くのが遅い。どうやったら沙羅みたいに早く読めるようになるのか、わからない。記述も消してばかりで、なかなか一回でビシッと書けない。  塾には珍しく早く着いた。プリントも全部書き込んだ。でも、なぜか今日は早々とお腹が空いてきた。集中できないし、頭が働かない。授業終わりのチャイムが鳴ると同時に、わたしは急いで下からジュースを買ってこようと立ち上がった。すると、沙羅が慌ててわたしを呼び止めた。ついでにシャツを背中からぐいと掴んで。 「ハナエ、さっき言い忘れたけど、今日はお茶だよ、お茶。お弁当だからね」 「お弁当、って。沙羅、わたし、今日もおにぎりだよ。お茶欲しいなら、ついでに買ってくるけど」  わたしが振り向いて言うと、沙羅はおもむろにカバンから茶色のチェックのハンカチに包まれたお弁当を取り出して、わたしの机に載せた。 「これ、うちのオヤジから。ハナエに、って」  わたしは、お弁当に目が釘付けになって、一瞬ことばが出なかった。 「……なんで? 沙羅のは?」 「あるよ、ちゃんと。ほら」  沙羅は、もう自分のお弁当の包みを解いて、箸箱から箸を取り出している。 「なんでわたしに?」 「ハナエさぁ、昨日、わたしのお弁当おいしそう、って言ってくれたじゃない? それをウチのオヤジに言ったら感激しちゃって、ハナエにも作ってあげたい、って。あ、気にしなくていいんだよ。前にも言ったように、オヤジの趣味だから。それに、『ひとつ作るのもふたつ作るのも手間は同じだから』って言っとけ、だって」 「いいの? ほんとに?」 「いいんだよ。早く食べな、って。あ、飲み物買ってくるんじゃなかったの?」 「うん。じゃ、急いで買ってくる」  わたしは猛ダッシュで階段を駆け下りた。  温かい緑茶を二つ買って、急いで教室に戻った。沙羅のお父さんの手作りのお弁当が目の前にある。ハンカチを解くと、ピンクの楕円形のお弁当箱が出てきた。 「これ、少し小さいんだけど、もしかしてハナエが夕飯持ってきてたら、あんまり食べられないかなと思って、小さめの容器にしたんだって」  沙羅のお父さん、そんなところまで気を遣ってくれたんだ。それに、割り箸と一緒に、プラスチックのフォークまでついている。  二段重ねで、下には真っ白いご飯。まだ温かい。そして、上にはおかずがぎっしり詰めてある。わたしが昨日「うらやましい」と言ったニラチヂミ、マカロニサラダ、卵焼き、豚肉のしょうが焼き、パイナップル、さくらんぼ———。いろんな色が入っている。  わたしは最初に卵焼きを一口食べた。うちのお母さんはお酒をドバッと入れるから、冷めてからも少しお酒のニオイがするけれど、この卵焼きは違う。味も、フワッと甘みがあっておいしい。わたしは、あっという間にお弁当を全部食べきった。お腹がいっぱいなのに、なんだかさっぱりしている。ただお腹に入れたんじゃなくて、「ちゃんと栄養摂ったぞ」って感じがする。  わたしがお弁当をハンカチで包みなおして、リュックの中に入れようとすると、沙羅が手を差し出した。 「もしかして、家に持って帰って洗って返そうとした? そんなことやめてよ。空になった弁当箱、オヤジに見せたいんだから。オヤジ、絶対喜ぶよ」 「……そう?」 「そう」  わたしは、弁当箱をそのまま沙羅に返した。 「お父さんによろしく伝えて。おいしかったです、って」 「うん、うん、ウチのオヤジは食べてもらうのが、嬉しいんだよ」  沙羅はニコニコ笑っている。  その日の帰り、駅周辺はいつもより混んでいた。九時半。なにかイベントでもあったのかと思うくらい、渋谷駅前は、大勢の人で溢れていた。 「大丈夫? 今の人、ハナエの靴、踏んでおきながら、何も言って行かなかったじゃない」 「うん、でも、ハイヒールじゃなくて良かった」  沙羅と一緒に並んで、急いで電車に乗り込む。最近は、波に乗ってサッと乗るのを覚えた。降りる人が、まるで文句を言うような口調で「すいません」と言うのがあちこちから聞こえてくる。みんな疲れてるんだ。  わたしと沙羅は、社会の単語の問題を出し合った。テキストはリュックの中に入っているので、授業で出てきた単語をひとつずつ出すことにした。「大宝律令は?」「BSEって何?」「京都議定書って?」  十個ぐらい出していると、たちまち新宿を過ぎた。 「あ、次、新大久保だよ、沙羅」 「あー、もうー、早すぎる」  沙羅のお父さんは、いつも駅まで迎えに来てくれるそうだ。帰りが遅いと、ホームまで出て、待っていてくれるという。わたしは座席から後ろを振り返って沙羅が歩いて行くのを見ていたけれど、ホームにお父さんの姿はなかった。沙羅はわたしに気付いて、笑って手を振り、ひとりで階段に向かって歩いて行った。  週明けの月曜日、塾に行く時に、珍しく電車の中で沙羅に会った。ちょうど目の前のドアから入ってきたから、驚いた。沙羅は、珍しくイライラしている。 「……ったくもう、遅刻だよ。……ハナエって、いつもこの電車?」 「そうだよ」 「遅刻しない?」 「しないよ。ギリギリだけど」 「それ、困るじゃん、プリントやる時間ないし」 「まあ、ね」 「ハナエ、相変わらずノンキだね」 「いいじゃん、別に。沙羅、なんか機嫌悪いね」 「どうもこうもないよ。もう、サイテー。昨日、家に帰って、いきなり殴られたんだよ。長い説教が始まるならまだしも、オヤジがいきなりかかってくるから、こっちだって身構えるスキもないよ」 「え? お父さんが? なんで?」 「あの人、わたしのテストが悪かった、って、怒りがおさまらなかったんだ」 「ふーん……。まあ……うちも同じようなもんだからわかるけど」 「でも、フツウはこんなのないよ。親が厳しいって言っても、程度がちがうんだよ」  確かに。親に怒られたって言っても、聞いてみると「なんだ、その程度か」と思うことがよくある。 「ったく、ウチ来てみろって。どんなのかよくわかるから」  沙羅は、軽く言おうとしているけど、怒ってる。最近、わたしにもそれがわかるようになってきた。  その日、沙羅は、不機嫌そうにお弁当を食べていた。そして、わたしのおにぎりを見て言った。 「ハナエ、珍しいじゃん。どうしたの? 手作り?」 「うん。うちのお母さん、昨日のお弁当が刺激になったみたい。でも、結局、おにぎりしか作らなかったけど」 「ちょっといい? そこ、真ん中のとこ、ちょっとだけ」 「うん、いいよ」  わたしは自分のおにぎりを差し出した。沙羅の反応が心配だ。 「おー、うまいよ、これ。ちょっと変わってておもしろい!」  沙羅が目を丸くして言う。お世辞かもしれないけど、嬉しい。 「うちの近くにも韓国のお店があるから、買ってきてみようかな。イカキムチと、これ何?」 「あ、周りにあるのは、韓国の岩のりだよ」 「へー、ハナエのお母さん考えたの?」 「考えた、ってわけじゃないけど、他に入れるものなかったから、だと思うよ」  考えてみれば、コンビニのおにぎりにはないから、全種類を試したわたしにも、少し新鮮だった。  授業が終わって、いつもどおり沙羅と階段を降りて外に出ると、「固太り」という感じのおじさんが、ポケットに手を突っ込んで、ちょっと怖そうな顔をして立っていた。ひげが濃い。上野の美術館近くにある西郷隆盛の銅像にそっくりだ。一瞬、「美奈子のお父さん」と思った。そうそう、こんな感じだ。  そしたら、そのおじさん、突然こっちを見て「おう!」と無愛想に言った。で、もっとびっくりしたのは、沙羅がちょっとムッとした顔で、「なんで来るんだよ、オヤジ」と言ったこと。沙羅の……お父さん?  わたしは、反射的にぺこりと頭を下げた。 「はじめまして。昨日はおいしいお弁当を……あの、ありがとうございました」  慌てていて自分の名前を言うのも忘れたけれど、沙羅のお父さんは、すぐに気づいてくれた。 「いやいや、あんなもんを食べてもらって。いつでも……」  外見からは意外な程の、柔らかくてよく通る声と滑らかな口調だ。 「いいから、オヤジ。行くよ」  沙羅はクルッと振り向いて、駅に向かって歩き始めた。お父さんは同じぐらいの速さで、二人分ぐらい間を空けて、沙羅についていく。わたしはどうしたらいいのか……このまま一緒に電車に乗っていいのかどうか、わからない。沙羅はいつもどおり、改札口でピピッとスイカで通り、そこで初めて後ろを見て、「ハナエ、早くしなよ」と言った。わたしはできるだけモタモタしないように、回数券を出して、改札を通ってホームに出た。沙羅のお父さんは、塾まで迎えに来ることもある、というけれど、わたしが会ったのは今日が初めてだ。夕方、沙羅とケンカした後だったから、心配で迎えに来たのかもしれない。 「ハナエさんの最寄の駅はどこですか」  沙羅のお父さんが言い終える前に、沙羅が遮った。 「また、よけいなこと聞いてんじゃないよ」  それで、お父さんは居心地悪そうに、足をもぞもぞ動かしている。わたしは、何か言わなきゃと、頭の中で焦りまくって考えた。 「あの、ほんとに昨日のお弁当、ありがとうございました。すごくおいしくて、全部食べました」 「そうですか。あんなのでよかったら、また作りますから」 「あ、そういう意味で言ったんじゃなくて……」  ああ、もう、わたしだよ、よけいなこと言っちゃったのは。緊張すればするほど、変なことを口走ってしまう。沙羅は、終始、中吊り広告を見たり、外を見たりしている。そして、あっという間に新大久保駅に着いた。 「じゃ、ね。ハナエ。バイバイ」  いつもどおり、沙羅がニッコリ笑って手を振る。沙羅のお父さんは、わたしにちょっと頭を下げて、「これからもよろしくお願いします」と言った。わたしはびっくりして、真っ直ぐ立って、「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」と言った。  ドアが閉まり、電車がゆっくり動き始めた。沙羅が、お父さんに何か言って、お父さんが 少し満足そうにウンウンとうなずいている。それでまた、沙羅が先に立って歩き始めた。沙羅のお父さんは、後ろからきっちり二人分ぐらい空けて、歩いている。  どこかで見た場面———「団旗はためくもとに」の美奈子が高校をやめて美容師になることを決心した、高校生活最後の日。美奈子が校門を出ると、お父さんの「押忍《オス》」という太い声が聞こえてきた。大太鼓が鳴り響き、大きな団旗がはためく。お父さんのエールが始まり、美奈子は堂々と学校を出て、まっすぐ歩いて行く———。  美奈子のお父さん。  沙羅の「オヤジ」。  応援団長が、いつも、後ろにいる。 [#改ページ]   ココナッツ  とうとう六年生の冬が来た。うちのクラスでは、半分以上が中学を受験する。「健康管理も受験のうち」と言われて、みんな気をつけているはずなのに、急に風邪が流行りだして、最近、空いている席が目立つ。わたしの隣もそうだ。  先生は出席簿を取り出し、鉛筆を持って名前を呼び始めた。先生が名前を呼ぶのは、「元気確認」でもある。「はい、元気です」とか「はい、ちょっとのどが痛いです」とか、「はい、眠いです」とか、返ってくるこたえを、出席簿に書き込んでいるようだ。 「……松本くん」 「はい! 元気で……」 「はい!」  松本をさえぎるように、教室の後ろから返事が返ってきた。  山下だ。ハアハア息を切らしながら入ってきた。家から猛ダッシュしてそのまま駆け込んだ、って感じだ。山下は、急いでわたしの隣の椅子を引き、ドサッと前かがみに座った。そして、ランドセルを右肩にかけたまま、左手でマフラーを外している。男子から、時々からかわれているマフラーだ。 「山下はおれたちとはちがうよな。なんたってカシミヤだもんな、カシミヤ」  いじわるしているんじゃなくて、うらやましいんだ。みんな、言った後、その「カシミヤ」を珍しそうに触っていく。わたしは山下のセーターもマフラーも触ったことがないからわからない。ウールとのちがいって……なに?  山下の服の色は、色鉛筆にはないような色が多い。カシミヤのマフラーは、「モスグリーン」。おかげで、わたしも微妙な色の名前を覚えた。黒のタートルネックのセーターに、モスグリーンのマフラーが柔らかくさわやかに流れている。山下独特の色づかいだ。  ……そういえば、今日は、メガネがいつもとちがう。フレームがない。 「なに?」  山下は、わたしを横目で見て、ボソッと言った。 「あ、えっと……、さっき先生が呼んだの、山下じゃないよ。マ行だから、まだだよ」  わたしは、あわてて椅子を引いて目をそらした。 「え? うそ」  山下は、急に周りを見回した。クスクスと笑いが起きる。 「今日はおまけね。ギリギリセーフ。明日もこうだったら、遅刻にするからね」  先生が山下を優しくにらむと、山下はちょこっとだけ頭を下げた。  朝の会が始まる。  山下って、夜は何時まで起きてるんだろう。もしかして、朝方までとか? 少なくとも、山下の勉強量は、わたしの想像をはるかに超えているはずだ。 「メガネ、変えたでしょ」 「まぁね」 「何個目?」 「ん…六個目かな」 「なんで? そんなに必要なの?」 「いや、だって、ほら、うち眼科だから」  山下のお父さんは眼科のお医者さんだから、メガネは安く作れると言う。でも、いくらなんでも、六個は多いよ。 「やっぱお金持ちはすごいなぁ」 「そんなことないよ」  山下はフッとため息をつくように笑った。山下独特の笑い方。直前に「ハァッ…」と息が漏れる。ガハハと大声で笑ったりしない。下を向いて、額を手で囲うようにして、恥ずかしそうな表情をする。こいつカッコつけやがって、と最初は思ったけど、笑った時に目の下がふわっとふくらんで、目じりに少ししわが寄るのを見ると、わたしは、なぜか少しドキドキする。あわてて目をそらして、消しゴムを机に押し付けながら言った。 「……あのさ、後で算数の問題、聞いていい? 図形のところなんだけど」 「今でもいいよ。まだ先生戻ってこないから」  さっき、先生が一時間目に使うプリントを取りに職員室に行ったばかりだから、多分、五分ぐらいは戻ってこない。  わたしはカバンから塾の宿題を取り出した。山下は、中学受験で有名な少数精鋭の塾でトップの座を守っている。算数を聞くなら山下、とわたしは決めている。山下は、嫌そうでもなく、「まかせとけ」という感じでもなく、淡々とゆっくりと説明してくれる。塾の先生の説明よりもわかりやすい。クドクドよけいなことを言わず、でも、ゆっくりはっきり要点を押さえて簡潔に言ってくれる。山下が説明すると、ものすごく簡単に思えてしまう。  山下は、わたしが出した問題集を見ると、たった数秒で顔を上げた。 「ハナエ、ここに斜線を引くと、どうなる?」 「どうなるって? この図形じゃわかんないよ」 「じゃ、これは? ちょっと見てて。ほら……ね?」 「え? なんで、なんで? おかしいよ」  わたしは、自分ができなかった時、悔しいのと恥ずかしいのとで、「おかしい」と言い続ける癖がある。でも、山下は、表情も口調も変えず、そのままゆっくりていねいに説明し始めた。 「わかった?」 「まあね。最初から、なんとなくこうじゃないかな、って思ったんだけど」  こんなこと、言うつもりなかったのに。ただもう、びっくりして、わかったフリをしてしまった。  次の日、山下は風邪で学校を休んだ。わたしは、先生から宿題のプリントと手紙を届けるように言われたけれど、肝心の山下の家を知らない。それを先生に言うと、すごく意外そうな顔をされた。 「ほんとうに? あんな近くに住んでいるのに、知らないの? 遊びに行ったこともないの?」  わたしは、うなずくしかない。「あんなに近く」って言われても、どのぐらい近いのかも、わからない。わたしは、プリントを届けるのが面倒でウソをついてる、と思われたくなかったので、仲良しの夏美に案内してもらうことにした。夏美はしょっちゅう山下の家の前を通るという。  山下の家がお金持ちというのは有名で、マンションじゃなくて三階建ての家だ、ということぐらいは知っていた。 「ここだよ、ハナエ」  夏美が目の前の建物を指差した。表札にはローマ字で「YAMASHITA」と書いてある。デカイ。「書斎」とか「勉強部屋」とか「寝室」とか、「客間」とか、いろんな名前の部屋がありそうだ。それに、多分、一人一部屋ぐらいあると思う。  わたしは夏美と一緒に玄関のドアに近づいて、ベルを押してみた。 「はい」  インターフォンの向こうから、高く澄んだ声が聞こえた。 「学校からプリントを届けに来ました」 「あら、ありがとうございます。ちょっと待ってくださいね」  ドアを開けたのは、山下のお母さんだ。すぐにわかった。鼻がスーッと通っていて、やせていて、髪がふんわりときれいに整っている。それに、家にいるのにきちんとスカートをはいている。わたしは、急いでリュックからプリントと手紙の入った袋を取り出して、山下のお母さんに渡した。山下のお母さんは、両手を差し出してくれた。長い指をピンと伸ばして。短い爪にマニュキアも塗っていない。そういえば、メイクもしてなかった。でも、きれい。「上品」ということばは、知っていたけど、使ったことがなかった。今初めて、ことばとイメージが頭の中で結びついた。そして、「浩平くんに、お大事に、って伝えてください」という一言も、ちゃんと言えた。 「わざわざ届けてくれて、ありがとね」  それにしても、こんなに近くに住んでいたなんて、びっくりだ。ジグザグ道だけど、徒歩二分ぐらい。家から三ブロック目だった。  次の日も山下は休んだ。夏美はバスケの練習日だったから、わたし一人でプリントを届けに行くことになった。もう場所も覚えたから、ササッと届けることにした。どうせ山下は出てこないと思うし。  ベルを鳴らすと、昨日と同じように山下のお母さんの声が聞こえた。 「ハナエちゃん? 今日は一人なの?」  そして、すぐにドアが開いた。 「どうしてわたし一人ってわかったんですか?」 「カメラがついてるから、中から見えるのよ」  すごい。カメラなんて、どこにあったんだろう。ずっと見られてたなんて、知らなかった。 「せっかく一人で来たんだから、上がって行かない? それとも、これから塾なの?」 「あ、いえ……」  緊張してるはずなのに、わたしは「じゃ、ちょっとだけ、おじゃまします」なんて言ってしまった。  そして、家に入った瞬間、息を呑んだ。壁も床も天井も石造りだ。一階はお客さんを通す空間になっていて、靴のまま入れる。多分、いろんなお客さんがたくさん来るから、ここで用事を済ませるのかもしれない。ピアノもここにあるっていうのはちょっと不思議だけど。 「浩平のお姉ちゃんがずっと前に習っていたんだけど、結局やめちゃったのよ。今ではただ飾ってあるだけになってしまって……」  わたしがピアノを見ているのに気づいたのか、山下のお母さんはにっこり笑って言った。そして、曇りガラスのドアを開けて、山下を呼びに二階に上がっていった。  部屋の真ん中にはソファが三つあるけれど、どこに座ればいいのかわからない。どのソファも三人がけ用で、大きなテーブルを挟んでも、ゆったりとした空間がある。いいなあ、こういうところ。ボーッと周りを眺めていたら、山下がくもりガラスのドアを開けて入って来て、わたしを見て、ちょっとうなずくような仕草をした。 「おう」  いつも学校で見る時と同じように、薄い青色のジーンズに茶色のタートルネックを着ている。山下は、向かい側のソファに座って、頭をかいた。 「なんだ、普通の格好じゃん。寝てなかったの?」 「午前中は寝てたんだけど、お昼ごろ起きて算数と歴史の問題やってた。でも、ズルじゃないよ」 「うん、わかるよ。目が赤いし、やっぱ熱あるんじゃないの? ちゃんと寝てればいいのに」 「だいじょぶだよ」 「勉強するならパジャマにすれば?」 「だめだよ。パジャマだと、眠くなっちゃうから。ジーンズだと、気持ちが締まって集中できるんだよ」  考えることがちがうよなぁ。わたしなんか、一日中パジャマでも全然オッケーなのに。  しばらく学校のことを話していると、山下のお母さんが、イチゴを持ってきてくれた。 「いつもありがとね。今度、休みの日にでも遊びにいらっしゃい」  山下のお母さんはそう言って、また二階に上がっていった。でも、休みの日って、いつ? 土曜日は塾だし、日曜は家庭教師が来るって聞いてたけど。最初から無理じゃん。  十一月のイチゴ。ちょっとすっぱいけど、おいしい。ガラスの器とフォークの音が部屋に響く。 「どうせなら算数の問題集持ってくればよかった。まとめて山下に聞けたのに」 「じゃ、今、急いで取りに行ってくれば?」 「ん……でも、いいや。山下も風邪ひいてるから、明日、学校に持って行くよ」 「そっか」 「明日、学校行けそう?」 「うん、大丈夫だよ」  山下の家を出て、もう一度振り向いて三階まで見上げた。  ウチとはちがうよなあ。なんでも揃っている。デザートまで出てくるし、勉強する環境がバッチリ整ってる。「お坊ちゃま」……か。夏美がたまに山下のことをこう呼ぶのが、なんとなくわかるような気がした。  冬休みの一週間前。先生方の研究授業があったので、お昼に学校が終わった。でも、わたしはその日、委員会があったので、終わったのは二時過ぎだった。うちのクラスの下駄箱には、上履きしか残っていない。最後の一足の外靴は、わたしのだ。  ひとりで学校を出て商店街に入ると、男の子達が騒いでいる声が聞こえてきた。駐車場に六年生の男子が集まって、ワーワー騒いでいる。「やれ、やれ!」とか「やめろ!」とか。隣のクラスの男の子達がおもしろそうに「ケンカだ、ケンカだー!」と言って、通りに向かって手を振っている。でも、大人はみんな、横目で見ながら通り過ぎて行く。誰も何も言わない。  わたしもそのまま通りすぎようとしていた瞬間だった。 「おい、堀田! 山下の顔ばかり狙ってんじゃねーぞ! きたねーぞ!」 「山下! 負けるな!」  やました? 山下?……わたしは、急に両手がズキッと痛むのを感じた。そして、男の子達が固まっているところに歩き出した。口が渇く。  後ろから背伸びすると……口から血が出ている山下がいた。相手は、堀田。休み時間のドッチボールで、負けるといつまでもグチグチ言っている堀田だ。  ランドセルがふたつ両端に投げ捨ててあり、山下のランドセルの上には、マフラーとダウンジャケットが置いてある。それを囲むように、男子がいっせいに「山下、負けるな」と声をかけている。堀田側には二人だけ、黙って突っ立ってる。  突然、山下のメガネが弾け飛んだ。  二人とも掴みあったまま転げまわって、殴ったり蹴ったりしている。山下の顔についている血は、どこから出ているのか分からない。堀田が暴れるのはよくあることだけど、山下が相手だなんて、信じられない。でも、山下はケンカ慣れしているみたいに動きも早いし、強い。  何があったんだろう。なんで取っ組み合いなんてしてるんだろう。山下がこんなに怒るなんて……、一体どうしちゃったの、山下。いつもクールで、怒ったり騒いだりってところがないのに。  堀田は山下の顔ばかり狙ってこぶしをふりあげていた。右のグーと左のグーを交互にバタバタと動かしている。  次の瞬間、みんなシーンとなった。鈍い音がしたと思ったら、山下が両手で目を押さえてうずくまっている。堀田がまだ殴りかかろうとしたので、やっと一人の男の子が後ろから押さえて、もう一人が前に回った。囲んでいた男の子達は、いっせいに山下に走り寄った。 「山下、だいじょうぶか?」「おい、だいじょうぶか、山下!」「目、やられたのか!」  山下のまわりに男の子の声が重なる。しばらくして、山下はよろよろと立ち上がり、ランドセルを拾った。堀田はまだ何か大声で叫んでいる。山下を脇で支えていた松本が怒鳴った。 「うるっせーな! 堀田! おまえ、山下の目を狙ったよな! わざとだよな!」  低い声が響く。山下は、男の子達に囲まれて帰って行った。結局、山下は、何も言わなかった。  そして、翌日、予想通り、堀田は勝ち誇ったような顔で学校に現れた。「ざまあみろ」と山下に一言ぶつけて、ニヤニヤ笑っている。  山下は何も反応しない。上唇を切った痕があり、目は紫色に腫れたままだ。教室に入って来ると、わたしをチラッと見て「おはよう」と言い、席に座った。 「山下……だいじょうぶ?」  わたしは、絞り出すように小さな声で言った。こういう時、他に何て言ったらいいのかわからない。  山下、昨日、あそこにわたしもいたんだよ、見ていてハラハラしたよ、山下が殴られたのを見て、ほんとにびっくりしたよ、夕べ、ずっと心配で、メールしようと思ったんだけど、どうしていいかわからなかったんだよ……って、そのまま言っていいのか、黙っていた方がいいのか、さっぱりわからない。他の女の子みたいに駆け寄って、顔をのぞきこむように心配そうに「だいじょうぶ?」なんて、言えない。  山下は、うなずいて「だいじょうぶだよ」と小さいけどはっきりと言った。そして、黒いダウンを椅子の後ろにかけて、両肘をついて、両手を真っ直ぐ合わせて、口の前につけた。目をつぶっている。微妙に眉間が緊張している。これが教会ならお祈りをしているように見える。山下の癖だ。  後ろの方で、男子が話しているのが聞こえてきた。 「堀田の得意技だよ。親に文句言ってもらった、って自慢してやんの。自分が悪い時に限って、先回りしてこういうことやるんだよな」  やっぱり。それで、あいつ得意がってるんだ。あいつの方が悪いのに。山下の目を怪我させたのは、堀田のほうなのに。明らかに山下の方が強かったのに、あんなヤツにやられて。山下は、きっと先生にも親にも、ケンカになったいきさつを言ってないんだ。ずっと黙ってるんだ。わたしは、バンドエイドが巻かれた山下の指を見ながら、自分が何も出来ないのが情けなくなってきた。  その日の帰りは、いつもどおり、山下と一緒だった。わたしはぎこちない話し方になってしまうのに、山下は普段と変わらない。 「ハナエ、受験の前に、算数は不得意なところがないようにしておいたほうがいいよ。わかんないとこ、どんどんもってこいよ。おれ、算数なら自信あるから」 「あ、うん、今日はちょっと……、忘れちゃったんだ。明日持ってくるよ」  わたしは、山下の顔を見ることができない。真っ直ぐ見たら、顔が歪んでしまいそう。もしかしたら、涙も出てしまうかもしれない。  交差点でいつものように「じゃね」と言い、わたしはマンションの入り口の階段を一気に三段抜かして上がった。そして、何気なく振り向いてみた。  山下が交差点に立って、こっちを見ている。そして、ちょっと恥ずかしそうに笑って、うなずいて歩いて行った。  冬休みに入ると、受験の前のラストスパートだ。  家に閉じこもって、朝から晩まで勉強するはずなのに、なんとなく集中できない。受験する学校の過去問をやっても、必ず一つか二つ、算数で解けない問題が出てきてしまう。解説を読んでも分からない。八十五パーセントできていれば合格圏内だから大丈夫、と思っても、やっぱり気になる。黄色の付箋をつけたところが何箇所も溜まってくると、さすがに不安になりだした。今のうち、山下に聞いておこう。  メールを送ると、「今から来ていいよ」という返事がすぐに返ってきた。わたしは、急いでリュックにテキストと筆箱を入れて、家を出た。  メールしてから五分以内で到着。近いって便利だな。  チャイムを押すと、二階の窓が開いて、山下が身を乗り出して言った。 「今から下に行くから、ちょっと待ってて」  そして、足音が聞こえてきた。 「早いね」 「ハナエも早かったよ」  そう言って、山下は笑った。いつものような恥ずかしそうな笑い方ではなく、アハハと声に出して、笑っている。足元には、耳がピンと上がった薄茶色の犬が山下を見上げている。 「何ていうの? この犬」 「デオ」 「え?」 「デオっていうんだよ。親戚のお兄ちゃんからもらったんだけど、そのお兄ちゃんがヒデオって名前なんだ。だから、そこからとって……」 「わたし、犬の種類を聞いたんですけど……」 「あ、ごめん、柴犬だよ」  山下は、また大きく笑って言った。 「山下、なんか、楽しそうだね」 「そうかな」 「そうだよ。だって、ふだんより笑ってるよ」  山下は何も答えず、笑ったままソファに座った。 「で、どれ?」  わたしが付箋をつけた問題を開くと、山下は筆箱を出して、シャーペンを片手に持って、やる気満々に「解くぞ!」という感じで過去問に向かった。今までの中で一番難しい問題だったから、わたしはゆっくり待とうと思って、デオと遊び始めると、山下はサラサラとノートに書いて、「できたよ」と言った。 「ここが、こうなるよな?」 「……うん」 「わかる?」 「うん……」  もう、何も言い返せない。山下は、「これだけ?」と言いたげな表情だ。  わたし、もう少し頑張らないと。素直に思った。お母さんや塾の先生に「頑張りなさい」と言われるより、友達から「頑張ろうね」と言われるより、こうして、山下が目の前で問題を解いて解説してくれると、本当にそう思える。結局、山下に教えてもらったのは、たった十分ぐらいだった。あんなにわからない問題があったのに、こんな短時間に全部解決してしまうんだから、やっぱりすごいよ、山下。 「ありがとね。じゃ、帰るから」 「もういいの? じゃ、そこまで送っていくよ」  来なくていいよ、と言おうとしたら、デオが嬉しそうにワン! と吠えた。 「デオも行きたがってるし。散歩がてら、ちょっと外の空気を吸いたいし。ちょっと待って。今、何か上に着るもの持って来る」  そういうと、山下は、厚手のカーディガンの上にいつものマフラーを首に巻いて戻ってきた。山下のお母さんには、入る時もあいさつをしなかったから、外に出る前に大きな声で「おじゃましましたぁ!」と中に向かって言った。 「うちのお母さん、今、いないよ。あと三十分ぐらいで帰ってくると思うけど」  山下は、わたしをからかうように言った。もう、最初から言ってよ。ずっと緊張してたんだから。  山下とは西町公園の周りを一周して、デオをちょっと走らせてから、通りに出た。あと少しで、ウチのマンションまでの中間地点だ。わたしは、「寒いからここでいいよ」と言った。本当は、もう少し山下とおしゃべりしたかったけど。どこを受験するのか、とか、学校のこととか、いろいろ。でも、このままだと、こんどはウチのマンションの前で立ち話をするようになりそうだから、ここでバイバイすることにした。 「ゴメンね、勉強のじゃまして」 「そんなことないよ。楽しかったし」 「ありがとね。じゃ、ね」  わたしは毛糸の帽子の耳をギュッと下に引っ張って、家に向かった。山下が言った「楽しかった」ということばを思い出して、思わずニッコリする。「散歩がてら」なんて言って、デオを外に連れ出して送ってくれた山下は、やっぱりやさしい。  角を曲がる直前、急に、この間、山下が笑ってうなずいた顔を思い出した。そして、急いで振り向いてみた。  三ブロック離れた向こうの角に、山下がいた。こっちを見て立っていた。わたしが「バイバイ!」と大げさに両手を振ると、山下がずっと向こうで、手を上げた。隣にはデオがちょこんと座って頭を傾げている。わたしは、ちょっと恥ずかしくなって、小走りで角を曲がった。  二月。受験本番だ。第一週に試験が集中しているから、クラスの半分はこの期間、学校を休む。そして、次々と合格発表がある。  あの堀田までが受験した。「なんであいつが」とみんなが言う中で、受験して、男子では難易度の一番高い学校に入ったという。本人が自慢して回っている。ホントかどうか、知らないけど。  山下は? 山下はどうしたのかな。今日で試験は全部終わるから学校に来るはずだけど、今までの結果は? 周りの男の子達は、もう山下が行く学校について話している。もちろん、「御三家」の学校。山下の第一希望校だ。  山下が教室に入ってくると、男子が拍手した。 「さすがだよなあ。山下。とうとうウチのクラスからも御三家行きが出たよなあ」 「山下のイメージにぴったりだよな」「制服がないんだよな。山下、おしゃれできるじゃんよ」「あそこ、坊っちゃんばかりだもんな」「やっぱ、おれたちとはちがうよ」——— みんな口々にいろんなことを言う。 「何いってんだよ。ぼく、あそこじゃないよ。A中だよ」  一瞬、その場の空気が凍りついた。山下……落ちた? まさか、そんなはずない。でも、A中って、滑り止めじゃなかったの? 「オ、オレもだよ。山下」  加藤の一言で、周りの緊張がとけた。 「なんだよ、おまえと一緒かよ。山下、かわいそー!」  運よくちょうど鐘がなった。先生が入って来て、朝の会が始まる。みんな自分の席に戻った。もう誰も中学校の話をしない。  わたしは、なんだか泣きたくなってきた。山下、第一志望に落ちたの? 山下なら全部受かると思ったのに。あんなにがんばってたのに。おかしいよ。堀田なんか、六年になってから塾に行き始めてB中に受かったって。山下は三年からずっとがんばってたのに。山下の方が絶対頭いいのに。  二十分休みの時、隣のクラスの藤田くんが入ってきた。山下と同じ塾に行っていて、同じところを受験したそうだ。 「山下、A中に行くって?」  男子がガヤガヤ集まっているところに入ってきた。 「びっくりしたよなぁ。まさかあいつが落ちるなんて」  松本が声をひそめて言うと、藤田は本気で怒るように言った。 「何言ってんだよ。あいつ、全勝だぞ。受験校、全部受かってるんだぞ。御三家も、国立もぜーんぶ!」 「えー、だって、自分からA中って言ったんだぞ。落ちたんじゃねーの?」 「全勝だっつーの。おれ、あいつと同じところ受験したんだ。だから受験番号だって知ってるし。ウチの塾に来てみろよ。合格の名前貼り出してあるから。山下の名前、ずらーっと並んでて、すげぇぞ。親達もあれ見て、オーッ! って声あげてたから」  山下が選んだA中は、スパルタ教育で有名だ。夜中から朝にかけて、ぶっとおしで山歩きをする、という行事もある。  やめなよ、山下。軍隊みたいな制服も、似合わないよ。山下の第一希望校だったD中って、自由な雰囲気でいかにも山下にぴったりなのに。そっちの方が絶対いいって……。  とにかく、帰りに聞いてみよう。山下に直接聞くしかない。ずっとそればかり思って一日中過ごした。  長い一日だった。帰りの会が終わって、いつもどおり、なんとなく山下と一緒に下駄箱に行って、そのまま一緒に帰る。 「ハナエ、どうだった?」 「C中だよ」 「おー、よかったじゃん。C中ってのはちょっと意外だけど、ぼくの叔母さん、あそこだったんだ。近くだから、早起きしなくてもいいよな」 「そんなことはいいんだけどさ、山下は……」 「A中だよ」  山下は、わたしが聞いてくるのをわかっていたかのように、パッと答えた。 「あそこは? 第一希望校は?……受かったよね」  山下はいつものように、息を少し出して軽く笑いながら、はっきりと言った。 「うん、受かったよ」 「えー、じゃ、なんで?」 「受験の直前になって、いろいろ考えたんだ。ぼく、中学に入ったらもう一回サッカーやる。三年生までサッカーのチームに入ってたのに、受験するから、ってやめちゃったし。実際に受験して、A中だったらいいかなって思ったんだ。運動にもすごく力入れてるみたいだし」 「あそこ、スパルタっていうけど、山下、だいじょうぶなの?」 「なんだよそれ、だいじょうぶだよ。ぼくには合ってるかも。うちのお母さんもそう言ってるし」  あのお母さんが? スパルタがいいって? 意外。そういえば、山下が行っていた塾もすごく厳しくて有名なところだった。それに、ここ一年ぐらい、受験のことばかりで忘れていたけど、山下ってサッカーやってたんだ。運動も得意だし、足も速い。リレーではアンカーだった。 「あのさ、夜中じゅう山歩く行事とか、あるじゃん?」 「うん、あるよ。あれ、けっこうおもしろそう」 「え? そう?」  山下が、おもしろそう、なんて言うのもちょっとびっくりした。 「そういえば、去年、移動教室で、頂上まで行けなかったの、ハナエ、覚えてる? 天気も悪かったし、みんなバテバテで。もうちょっとだったのにな」  うん、うん、そうだった。覚えてるよ。あの時、山下とわたしと、あと五人ぐらいだけ「頂上に行く」って騒いだけど、前が見えないぐらい雨がひどくて、校長先生が「取りやめにしよう」って言ったんだよね。そうだった、あの時も山下と一緒だった。  マフラーをサラッと着こなす山下。勉強がものすごくできる山下。でも、ときどき遅刻して教室に飛び込んでくる山下。ずっと一緒だったのに、最近は、わたしは受験のことで頭がいっぱいだった。 「そっか、じゃ、がんばってね」 「おぅ」  鼻の奥がツンとなった。最後に「うん」じゃなくて、「おぅ」だって。少しずつ山下が遠くなる。山下は、四月からは学ランを着るんだ。  久しぶりの図書館。  つい二週間前まで「本なんて読んでる場合じゃないぞ」と言われていたのがウソのようだ。今回は、児童書の隣にある一般書をチェックすることにした。もう中学生なんだから。  五十音順の最後の棚に来て、「山本文緒」という名前に気付いた。家でも見たことがある。四、五冊まとめて取り出して、うしろに書いてあるあらすじを読んでみて……、決めた。借りるのは、『ココナッツ』。 「中学二年生」とか「密かに心を寄せる」というのがいい。極めつけは「清々しくほろ苦い青春物語」ということば。初めて読む恋愛小説だ。  文庫本一冊だけ借りて、急いで家に帰った。  ———実乃は、中学二年。父子家庭で、お姉ちゃんとお父さんと三人暮らし。お母さんが亡くなった時からお世話になっているお寺の住職の息子さん、永春さんに密かに恋心を抱いている。永春さんは、いつでも実乃の話を聞き、実乃を受け止めてくれる———。  ポンポンと軽快に話が進んでいく。出てくる人達がみんな明るくて、笑いながら読める。でも、ちょっとだけ、悲しくなる。人を好きになるときって、スパッと簡単にいかないことの方が多いのかもしれない。  夢中で読み終えると、夜中の二時過ぎ。わたしは静かに本を閉じて、電気を消した。実乃の気持ち、少しわかるような気がする。  小学校を卒業して、一年経つのはあっという間だった。そして、二年目も過ぎようとしている。  山下からは、たまに定型文のようなメールがくる。「いま何してる?」とか「学校楽しい?」とか。わたしは、一行だけ「部屋片付けてた」とか「楽しいよ」と返事する。そして、また一か月後ぐらいに同じメールが来る。  でも、ここ半年ぐらい前から、新しい文が増えた。 「今、身長どのぐらい?」  これ、何なのか、わけわかんない。  山下は、わたしよりずっと背が低かったし、やせてた。小学校卒業する時は百五十センチぐらいしかなかったと思う。だから、わたしは少し遠慮がちに、「百六十三センチ」と打った。予想通り、返事は来ない。そしたら、二か月ぐらいして、また同じメールが来た。わたしが「百六十五センチ」と返信すると、早速また返ってきた。 「ぼくの方が少し高い。今、百六十七センチ」  わたしよりも背が高い。山下は今、百六十七センチ……想像つかない。でも、だから何? 山下、もう少し何か言ってくれば? わたしは、ちょっとムカついて、ケイタイの画面を切り替えた。  そして、先週、また一か月ぶりに山下からのメールが来た。思ったとおり、同じ文面。 「元気? 今、何センチ?」  わたしは、淡々と答えを打って、すぐに送信した。 「前よりも少し伸びて、今、百六十六センチ。一センチだけ伸びた」  そしたら、山下からすぐに返事が来た。 「ぼく、完全に追い抜いた。今、百七十二センチ。あと、声変わりした。メガネやめて、今、コンタクト」  声変わりして、背が百七十センチ超えてる。メガネもかけてない……もう、想像がつかない。  ———山下、学校には自転車で通ってるっていうけど、雨の日とか、どうしてる? 部活、きびしくない? 夜通しの山登り、きつくなかった?———  知りたいことはいっぱいあるけれど、何も聞かなかった。わたしは、「うちの学校の文化祭、明日だよ」と付け加えた。でも、「来てよ」とは言わなかった。  黙々と夜の山を歩いている山下を想像していたら、わたしの話をウンウンと聞いてくれて笑っていたときのことや、勉強を教えてくれたときのことを思い出した。そして、デオを連れて、ゆっくり手を振って、わたしの後ろ姿を見ていてくれたときのこと。  わたしは、ゆっくりと、追加の文を打った。 「山下、今、どんな髪型?」……まさか、坊主頭?  急に、山下の顔と、永春さんの顔が重なった。そうかも……。  今初めて気づいた。山下は、永春さんだったんだ。 [#改ページ]   卒業  小学校の卒業祝いに買ってもらったのは、重松清さんの『卒業』。一か月ぐらい前、本屋さんで見た時から、ずっと欲しかった。  表紙の女の子が、じっとこっちを見ている。オレンジ色のTシャツに、茶色のカーゴパンツは、去年の夏、わたしが着ていた服にそっくりだ。  おそらく小学校か中学校の卒業がテーマで、仲良しの友達や先生のこと、卒業式の場面が描かれているんだろう。そう思っていた。  実際に読み始めると、どこまで行ってもそんな場面が出てこない。どれも皆、ずっしりと重く暗い。最後まで、明るい女の子は登場してこなかった。  だからといって、きらいじゃない。読んでいて気持ちがズンと落ちていっても、出口が見えないような暗さはない。どこかでうっすらと光が射しているのがわかるから、とりあえず動き出そう、という気持ちになれる。  なかでも、わたしの気持ちにぴったりとくっついて離れなくなってしまったのは、「あおげば尊し」だ。  主人公は小学校の男の先生で、病気で死に瀕しているお父さんがいる。かつては校長先生で、厳しくて冷たくて、生徒から好かれることはなかった。生徒を枠にはめて、問題のある生徒は切り捨てていた。生徒指導に教師としてのやりがいを感じているような先生だったから、病院に入院していてもお見舞いにくる人はいないし、家に戻ってきても、誰も訪ねてこない。年賀状すら一枚も送られてこない。主人公は、そんなお父さんにずっと反発してきた。でも、厳格さや完璧さを失い、話もできないほど衰弱しきったお父さんは、自分の姿を主人公の生徒に見せることを承諾する。それは、「最後の授業」。最後まで、「先生」。  似ている。わたしのおじいちゃんと。  おじいちゃんも、かつて校長先生だった。「昔は厳しくて怖かった」と、大叔母さん達からも聞いていた。時々聞く「学校の先生だったから」ということばは、あんまりいい意味で使われていない、ということも最近わかってきた。  おじいちゃんは、どんな先生だったんだろう。生徒に対してやさしい先生だったのか、冷淡で怖い先生だったのか……。わたしは、自分の年齢分のおじいちゃんしか知らない。  確かに、おじいちゃんは気が短くて、怒ると怖い。今でも覚えているのは、わたしとお母さんが日本に帰ってきた夏のこと。昼間、外で遊んでいたら、怒鳴り声が聞こえてきた。玄関を開けると、おじいちゃんとお母さんがケンカしていた。おじいちゃんは、目をカッと見開いて、真っ赤になって、体を震わせて怒っている。近くで見ていても、すごく怖かった。おそらく、お母さんが離婚したことが原因だったのだと思う。そして、お兄ちゃんを連れてこなかったことを、何度も責めていた。  でも、最近はもう、おじいちゃんが大声を上げることはない。それどころか、あんまりしゃべらない。スムーズに話せないんだ。体が思うように動かないし、ご飯をこぼすこともよくある。何を話しているのかわからなくなるのは、いつものことだ。全部、「病気のせい」だそうだ。おじいちゃんは、校長先生を定年退職した年に病気で倒れて、それ以来、体が弱くなる一方だ。  わたしは、机の前にあるコルクボードに目をやった。今年の初めにおじいちゃんから届いた年賀状がピンで留めてある。特徴のある……ありすぎる字。どの線もまっすぐで、全部ハネている。針金を組み立てたような字。こういう大人の字って、見たことがない。はっきり言って、ひどい字だけど、実際は時間をかけて、ていねいに書いているんだ。  ハガキを書くとき、おじいちゃんはまず、鉛筆で薄く線を引く。字が曲がらないように。そして、文字の縦・横の線が真っ直ぐになるように三角定規で補助しながら、書き始める。「あり得ない」と普通の人は思うけれど、おじいちゃんは、サカサカとすごいスピードで三角定規を動かす。きちんとした字を書こうとして、こういう方法を自分で考え出したのだそうだ。去年の年賀状は、ボールペンで書かれていた。字に力が入りすぎて、裏にはペンの跡がくっきりと残っている。でも、今年は宛先も全て鉛筆だった。前と比べると筆跡が弱くなっているし、ますます読みにくい字になっている。  わたしは、年賀状の裏をじっと見た。 「はなちゃん、もうすぐ卒業ですね。おめでとうございます。今までよくがんばりましたね。四月からは中学一年生ですね。しっかりがんばってください。おじいちゃんは応援しています。」  直立不動で立っているような文章は、わたしが小さい頃からずっと変わらない。そして、いつも「がんばれ」ということばが繰り返されている。学校の先生、そのものだ。学校のことになると、力が入る。  急に思いついた。おじいちゃんに、わたしの中学校の入学式に来てもらおう。来月になれば、もう少し暖かくなると思うし、きっと喜んで出席してくれると思う。卒業式よりも、入学式の方がいい。  お母さんは、普段はほとんどおじいちゃんと話さないけれど、わたしの学校の行事があると、必ず声をかけていた。だから、今回も多分、そうなるんだと思う。わたしはお母さんに聞いてみた。 「入学式におじいちゃん達を呼ぶの?」と。 「呼びたい?」 「うん、来てもらいたい」  お母さんは、にっこり笑って言った。 「じゃあ、自分で電話して、頼んでみたら? きっと喜ぶよ」  入学式の朝、寝坊してしまった。  六時に目覚ましをセットしておいたのに起きたのは七時過ぎ。アラームを止めたのは私なのかもしれないけど、覚えてない。今までずっと、七時半まで寝ていた癖が直らない。  急いで制服を着ようとしても、ネクタイの結び方がわからない。スカートの仕付け糸も取り忘れていた。校章は、どの辺につければいいの? 小学校の時はサッと普段着を着るだけでよかったのに。もう朝ごはんを食べる時間もない。すっかり用意が出来たおじいちゃんとおばあちゃんは、心配そうにわたしを見ている。 「外に出てるからね」と言い、お母さんは、おじいちゃんとおばあちゃんと先に出てしまった。わたしは、慌てて新しい靴を履いて、後を追った。  お母さんは急いでタクシーを止めて、おじいちゃんが助手席に、おばあちゃんとお母さんとわたしが後ろに乗った。お母さんは運転手さんに行き先を告げると、怒りを抑えるようにため息をついた。二分間くらい、車内は沈黙。すると、助手席のおじいちゃんが後ろを向いて言った。 「ハナちゃん、気持ちを切り替えて、しっかりやりなさい」 「ありがとう、おじいちゃん」  わたしは急に緊張が解けて背中をシートに倒すと、隣に座っていたお母さんからにらまれた。 「待たせてごめんなさい、でしょ」 「いいんだよ。ハナちゃん。入学式なんだから、しっかりやりなさい」  またおじいちゃんが同じことを言う。「中学校では、一番になるんだよ」と付け加えて。お母さんは眉をしかめて、「また始まった」と言った。「一番になる」というのは、おじいちゃんの口癖だ。そして、お母さんは、必ずそれに反応する。でも、タクシーの中ということもあったのか、それ以上は言わなかった。その時ちょうど信号が青に変わり、学校の門の前にタクシーがすべり込んだ。  さっそく門のところで、おじいちゃんとおばあちゃんと写真を撮った。わたしの隣に立つおじいちゃんは、胸をぐっと張って、まぶしそうにカメラを見ている。すごくうれしそうだ。  式は、講堂で行われた。二階の保護者席を見ると、おじいちゃんが最前列で身を乗り出している。わたしが後ろを見上げるたびに、右手を上げる。ずっとわたしを見ている。保護者というと、ほとんどがお母さんとお父さんで、おじいちゃんやおばあちゃんも出席しているのは、わたしだけだったと思う。  式が終わって、帰る時も、門のところで何枚も写真を撮った。 「本当にハナちゃんはえらいよ。この学校に入ったら一番目指してがんばるんだよ。本当に、がんばれよ」  何度も同じことを言い、また振り返って学校を見て、「いやー、しかし立派だ」と満足そうにつぶやいている。  ほめられすぎで、わたしは反応に困る。素直に笑えない。受験だって、一生懸命がんばった、というわけではなかったから、後悔もある。おじいちゃんは東京の中学受験なんて知らないから、ただ「よくやった」と繰り返している。そして、そのうち、「おじいちゃんも昔は……」と自慢話を始めた。お母さんは「もういいよ」とうんざりするように言う。こうなると、いつものパターンだ。たまに、ここから暴走することもある。おじいちゃんが「一番」の大切さを繰り返し、お母さんは「わたしは一番になれなくても、別に困ったことはない」と言い始めて、気まずいムードになる。でも、今日は、一応みんなニコニコ顔を保っている。  わたしは、おじいちゃんの話には少し興味がある。「そうなんだぁ」とか、「すごいね」と相槌をうつのも、別に機嫌を取ってるわけではない。おじいちゃんは、すごく嬉しそうに、不器用に笑う。  今回の入学式もそうだけれど、おじいちゃんが元気な表情になるのは、「学校」という場に行く時だ。わたしの運動会のときもそうだった。そして、その後、おじいちゃんは決まって自分のことを話し始める。  午後も夜も、おじいちゃんは珍しくおしゃべりで、ずっと上機嫌だった。  その夜、わたしは早く寝た。明日こそは絶対に早起きしようと思って。おじいちゃんとおばあちゃんは、朝六時頃帰るというから、わたしもその時間には起きて、ちゃんと見送りたい。目覚まし時計は、机の上に置いた。今朝みたいに、無意識に止めてしまわないように。  ……何時ごろだったか、急に目が覚めた。キッチンで、何かぶつかるような音がした。ガサゴソ、と変な音もする。わたしは自分の部屋の電気をつけて、ドアを開けた。  暗いキッチンに、おじいちゃんが立っていた。びっくりしたのと、ボーッとしたのが混じっている表情でわたしを見た。キッチンで何か探していたようで、冷蔵庫のマグネットや紙がバラバラに落ちている。さっきの音は、コーヒーポットが倒れた音だったんだ。 「どうしたの? なんか飲むの?」  わたしが声をかけると、おじいちゃんはオロオロしながら言った。 「いや、ちょっと、トイレ……」  周りを見回して、困ったような顔をしている。真っ暗だったから、きっと、どこなのかわからなくなったんだ。わたしは急いで言った。 「トイレはこっちだよ」  ゆうべ寝る前、お母さんから、リビングの小さい電気とトイレの電気はつけっぱなしにしておくように、と言われていたのに、すっかり忘れていた。 「ごめんね。暗くて見えなかったよね」  おじいちゃんがトイレから出てきた時、声をかけたけれど、おじいちゃんは何も言わなかった。  時計は、四時半を指している。わたしにはまだ真夜中って感じだ。外は真っ暗だけど、おじいちゃんは、布団に戻ってから、枕元にきちんと畳んだ服に着替えはじめた。おばあちゃんは、まだ寝ている。  わたしは、自分の部屋に戻って、ベッドに横になった。しばらく天井を見上げているうち、なんだか寂しいような悲しいような気持ちになってきた。さっきキッチンで見たおじいちゃんの顔と、入学式の時のおじいちゃんの顔を交互に思い出して、目を閉じた。  目が覚めると、外は明るくなっていた。びっくりして時計を見ると、六時半。あわててリビングに行くと、もうおじいちゃんとおばあちゃんが帰った後だった。キッチンではお母さんがお弁当を作っている。 「なんで起してくれなかったの?」 「なに言ってんの。目覚ましが鳴っても起きなかったのは自分でしょ」 「え? やっぱりちゃんと鳴ったんだ」 「鳴りっぱなしにしておくと、迷惑なの。だから止めたの。中学生になったんだから、自分で起きないと」  そりゃそうだけど、今日ぐらい起してくれても……。 「おじいちゃん、何か書いてったよ。テーブルのところにあるでしょ?」  さっきまでそこに座っていたみたいで、飲みかけのお茶がふたつ残っていた。そして、その脇に、白い封筒がある。  開けてみると、わたし宛の手紙と二千円が入っていた。 「入学式に呼んでくれて、ありがとうございました。これから一生懸命、勉強がんばってください。少ないですが、おこづかいを入れておきます。今年の花火大会には、ぜひ来てください。待っています。」  四時半に起きて、あの後、ここでわたしに書いてくれていたんだ。このお金は、昨日わたしに渡そうとして、お母さんに止められていたお金かもしれない。ピン札を四つに畳んだあとの、強いしわが出来ている。  なんで二度寝しちゃったんだろう。あのまま起きていれば、おじいちゃんとおばあちゃんが帰る時、お礼も言えたのに。昨日も今日も、失敗続きだ。  半分開いているカーテンを全部開けると、目の前には鉢が二つ並んでいた。昨日、おじいちゃんが持ってきた鉢植えの牡丹。両方ともまだつぼみが固い。ひとつは桃みたいにコロンとふくらんで、やさしい白だけど、つぼみの先端が濃いピンクに染まっている。そして、もうひとつの方は、つぼみが小さくて、筆でポツッと色を垂らしたように、先っぽに濃い赤紫が見える。 「東京は暖かいから、多分あと一週間ぐらいで咲くよ」  おじいちゃんが目を細めて言っていた。  そう言えば、おじいちゃんの家の庭には、木や花や鉢植えがいっぱいあった。去年の五月の末に遊びに行った時、庭に牡丹の花がたくさん咲いていた。白やピンクや赤紫の花がフワッと羽を広げるように。  今朝見送れなかった代わりに、手紙を書こう。そして、今年の夏こそ、花火大会を見に行こう。まだ小さい牡丹のつぼみを見ながら、そう思った。  福島の花火大会は、お盆のすぐ後の土曜日と決まっている。  わたしが覚えているのは、小さい頃、川のそばまで見に行って、花火の音にびっくりして帰って来てしまったこと。胸の辺りにドカーンと響いて怖かった。とにかく迫力ある音だけが耳に残っていた。  中学生になって初めての夏休みは、塾もなく、時間がたっぷりある。福島の花火大会の日、わたしはお母さんと朝早く家を出て、新宿で高速バスに乗った。荒川を越えて、北に向かう。金八先生の舞台になった荒川の土手を通る時、わたしはいつも「ここだ!」とわくわくする。高速道路に入って、濃い緑が多くなってくると、お母さんは椅子を少し倒して寝る。わたしは反対に、この辺りの景色が大好きで、全然眠くならない。音楽を聴きながら、ずっと外を眺めていた。しばらくすると、お母さんが起き上がって外を見た。 「この辺り、懐かしいなあ。昔、おじいちゃんが成田空港に迎えに来てくれて……あの頃、おじいちゃんはスイスイ運転出来たのに……。もう大昔の話だけど」  わたしには想像もつかない。おじいちゃんが車を運転する、ということ自体、考えられない。  バスは三時間後、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいる町に着いた。途中十分間の休憩があって、その後はあっという間だった。  バスを降りてお母さんと歩いていると、女子高生たちとすれちがった。みんな、わたしを見ている。東京ではほとんど忘れていたけれど、ここに来ると、久しぶりに「わたしって、ガイジンだったんだ」と思う。遠くに来た、と思う瞬間だ。  おじいちゃんとおばあちゃんの家には、近道をして、裏から入って行くことにした。わたしが小さいころ自転車で走り回った広場も、ちゃんと残っている。  玄関を開けると、おじいちゃんとおばあちゃんの家のにおいがした。畳のにおい、花のにおい、おじいちゃんの整髪料のにおい、台所のにおい、お風呂場のにおい。いろんなものが混じっている。  玄関で「こんにちは」と声をかけると、おばあちゃんが出てきた。前は、おじいちゃんもいっしょに玄関に出てきて、「おう、よく来たな」と言ってくれたのに、今日は、おばあちゃんだけだ。 「おじいちゃん、いないの?」 「いるよ。あっちで寝てるよ」  おばあちゃんに言われて、居間に行ってみると、おじいちゃんは長いすに横になって、テレビを観ていた。わたしが声をかけると、「おう」と右手を上げて、ゆっくりと起き上がる。テーブルには、かりんとうや、おまんじゅうや、チョコレートが出しっぱなしになっている。おじいちゃんは、お酒を飲まないしタバコも吸わない。でも、歳をとるにつれて、甘いものを食べる量が増えてきたそうだ。わたしがお土産のお菓子を渡すと、後ろにお母さんが立っていて、「今すぐじゃなくて、後でみんなで食べるから、待ってて」と声をかけた。おじいちゃんは、ウンウンと頷いて、また横になった。  おばあちゃんは、「明日までの仕事があるから、悪いけど自分でお茶入れて」とお母さんに言い、奥の部屋に行った。おばあちゃんは、着物の注文がたまっているそうだ。「最近は、新しい着物じゃなくて、直しが多いから、あんまりお金にならないんだけど」と言う。ほとんど一日中、おばあちゃんは着物を縫っていて、おじいちゃんは居間で寝ているそうだ。  お母さんは、昔自分が使っていた部屋や、「物置部屋」を整理し始めた。この家は「物置部屋」が多すぎる。使っていない部屋はほとんどそうだ。おばあちゃんは片付けが得意じゃないみたいで、押入れを開けると、物がドッと落ちてくることがしょっちゅうだ。お母さんは、「今回は着物を整理するから」と言って、おばあちゃんの仕事部屋の押入れを開けた。  想像通り、洋服やら草履やら着物が入っている袋やら、いろんなものが雪崩のようにズルズルと崩れ落ちてきた。桐タンスは、この奥にある。 「何なの、これ?」  お母さんが呆れて言うと、おばあちゃんは面倒くさそうに、「後で片付けるから」と言う。いつものことだ。わたしは、こういう、何がなんだかわからないモノが溢れているのを見ると、わくわくしてくる。お母さんは、「片付ける」と言いながら、真ん中のモノを引っ張り出そうとするから、次から次へとドッと落ちてくるんだ。  押入れの奥の桐タンスまで行き着くには、時間がかかりそうだ。お母さんは、必要なものと「ゴミ」とを二つに分けた。わたしはゴミ袋を持ってきて、「ゴミ」と言われたものを入れる役目を引き受けた。  急にオレンジ色のビニールバッグを「ゴミ」の中に見つけて、取り出してみた。 「これ、なに?」 「ああ、それ、お母さんが中学生の頃、使ってたやつ」  おばあちゃんが少し懐かしそうに言うと、お母さんは「なんでこんなの取っておくの」とムキになって、またバッグをゴミ袋に突っ込んだ。  ちょっとびっくり。お母さん、今は黒っぽい服しか着ないのに、このヘロヘロの安っぽいバッグ、どうしたの? しかも、さめたオレンジ色。わけわかんない。 「まったく、学校の決まりも守らないで、こんなのを……」  おばあちゃんが、呆れたように言う。 「そんなことないよ。昔は持ち物なんて、なんでもよかったんだから」  お母さんは、わたしに向かって、ムキになって言うけれど、本当のところはわからない。確かに今でも「制服がない学校が一番いい」と言っている。  突然、また大きな雪崩が起きた。こんどは、桐タンスの一番上の扉から、古いアルバムや本がまとまって落ちてきた。頭のてっぺんにアルバムの角がまともにぶつかって、わたしは、片付ける気がなくなってしまった。  古いアルバムと、学校の卒業記念アルバムがぐちゃぐちゃに重なり合っている。おじいちゃんかおばあちゃんが教えていた学校の卒業記念アルバムがほとんどで、表紙にその年が記されている。  ふと、少し下に埋まった布表紙のアルバムに目がとまった。小さめだけれど、一番厚みのある古いアルバムだ。モスグリーンの表紙を開けてみると、ざらっとした真っ黒い台紙に、茶色っぽく変色した写真が貼ってある。 「だれの? これ」  わたしが聞くと、お母さんはあまり関心なさそうに、「おじいちゃんのだよ」と言った。一ページ目には、大きな記念写真が一枚。学校の前で、着物を着た子供達が三列に並んでいる。 「どれだと思う? おじいちゃん」  いつのまにか、後ろからお母さんが覗き込んでいた。写真の中には、男の子と女の子、それぞれ二十人ぐらい半分に分かれて並んでいる。男の子は、みんな、いがぐり坊主で、同じような着物を着ている。わたしは、じっと見比べてから確信を持って、真ん中に立っているきりっとした顔の男の子を指差した。 「ざんねんでした!」  お母さんが得意そうに笑う。わたしは、「じゃあ、この人!」と一番前のおとなしそうな子を指差した。でも、またハズレ。お母さんがゆっくりと「これだよ、これ」と後ろの方にいる子を指した。わたしは思わず、「えー!」と大声をあげてしまった。ありえない。少し体をよじって、隣の子とふざけてニヤッと笑っている男の子。まさか。  わたしがジーッと見ていると、お母さんが言った。 「けっこう悪かった、って。小さい頃はケンカばっかりしてたんだって。きかんぼの弟と一緒に組んで」 「きかんぼの弟」というのは、去年亡くなった警察官の大叔父さんだ。おじいちゃんは、十人きょうだいの四番目だそうだ。  十二歳の時のおじいちゃん。今のわたしと同い年だ。前に読んだ『ぼっこ』に出てくる挿絵のように、ニヤッと笑って、いたずらっ子のような顔をしている。こんな子がクラスにいたら、どんな感じだろう。少なくとも、写真で見る限り、優等生には見えない。  おじいちゃんの兄弟や妹達の写真もある。妹達と一緒に撮った写真では、おじいちゃんは後ろに立って、少し威張ってるように見える。……そうだ、わたしの入学式で、二階で胸を張って立っていたおじいちゃんの格好そのものだ。  足に黒い包帯のようなものを巻いているものもある。「ゲートル」と呼ぶのだそうだ。戦争中の写真かもしれない。それから、男の友達と二人で撮ったという写真は、おとなっぽく落ち着いて見える。大学の寮で撮った写真は、仲間とコップを上げて乾杯をしている。  それからまた次のページをめくると、ガラッと変わって、おじいちゃんは学校の先生になっていた。一番前の列の真ん中で、グーを膝の上に乗せている。細いネクタイを締めていて、口も目もきりっとしていて、真面目な顔だ。後ろに三列に並んでいるのは、たぶん小学生。この建物は……もしかして、前と同じ学校? わたしが最初のページを開けて見比べていると、お母さんが説明してくれた。 「そう、同じ学校だよ。こういう田舎では、最初は自分の出身校からスタートするんだって。今はそんなの関係ないけど」  この時、おじいちゃんの妹二人も同じ学校にいた、という。自分のお兄さんを「あんちゃん」じゃなくて、「先生」と呼んでいたって。変な感じ。おじいちゃん、どんな先生だったんだろう。  このあたりから学校の写真が増えてきた。おじいちゃんは自分の出身小学校からスタートしたけれど、その後の勤務校は全部中学校だったそうだ。野球をしている写真や、修学旅行の写真。それから、一人で写っている写真もあった。斜めを向いて笑っている。髪は、ワックスか何かつけているみたいに光っている。横に分けた長めの前髪。眉も目も太くて、濃い顔。それに、今よりもずっとやせてる。今の半分ぐらいしかない。 「おじいちゃん、どうしたの! カッコイイじゃん!」  すると、お母さんは何も言わずにアハハと大声で笑い出した。 「今とちがうよね。なんであんなになっちゃったんだろうね」  以前、大叔母さん達が言っていたのを聞いた事がある。「おじいちゃんは、昔は、おしゃれで潔癖症で気難しくて、怖かった」って。この写真からは、それが想像できる。ゆったりと太いズボンは、この頃のスタイルなんだと思う。真ん中にはピシッと線が入っている。シャツも、一番上のボタンははずしてあるけれど、襟も袖もピシッとしている。  このアルバムには、おじいちゃんの歴史がいっぱい詰まっている。でも、なんで、あの「ぼっこ」みたいな男の子が優等生になったのか、身だしなみを気にするようになったのか、なんで「先生」になろうと思ったのか……実際、どんな先生だったのか、詳しい事は何もわからない。  わたしは、アルバムを持って、おじいちゃんが寝ている居間に行った。いろいろ聞いてみたいと思って。でも、襖を開けると、さっきまでワクワクしていた気持ちが急にしぼんでしまった。おじいちゃんは、テレビの音量を最大にしたまま、口を半分開けてイビキをかいて眠っている。低いテーブルには、空になったお菓子の袋がたくさん散らばっている。わたしは、下に落ちたタオルケットを拾って、おじいちゃんのお腹にかけた。  夕方になって、空が曇ってきた。雨が降りそうだけど、多分、花火大会は決行すると思う。今まで中止になったことは、一度もないそうだ。  五時半を過ぎて、二階の窓を開けると、ずっと向こうに見える大きな道路が車で渋滞していた。始まるまで、あと一時間以上もあるのに。  その時ちょうど、花火を打ち上げるような音が聞こえてきた。もうすぐ始まるという合図だ。家の前の道路には車が三台入って来て、テーブルや椅子を車から出し始めた。そういえば、親戚の人達が来る、っておばあちゃんが言っていた。毎年、花火大会になると、脇の広場でみんなで飲んだり食べたりしながら花火を見るのだそうだ。この日は、食べ物をたくさん持ってくるから、おばあちゃんは夕飯を作らなくてもいい。かわりに、飲み物やスイカを出し、トイレを提供することになっている。お母さんは、「蚊に刺されるし、めんどくさいから、中がいい」と言って、二階に残った。おじいちゃんは相変わらず、居間でテレビをつけっぱなしにして眠っている。  最初の花火が小さくバチバチと大きな音で上がった。おばあちゃんは外に出て、自分の妹たちと笑いながら話をしている。わたしとお母さんは二階の部屋の電気を消して、窓際に椅子を出した。本格的に花火が上がり始めると、「ドドーン!」という音と共に窓ガラスがミシミシと振動した。川の近くまで行かないでよかった。ここからでも花火は十分きれいに見えるし、打ち上げる音が体にビンビン響く。わたしとお母さんは、花火が上がるたびに、「すごいね」とか「きれいだね」と同じことばを繰り返した。  前の広場からおばあちゃん達の笑い声が聞こえてくると、急に、おじいちゃんのことが気になりだした。  わたしは階段を下りて、居間の障子を開けた。おじいちゃんは、まだ眠っている。ずうっと同じ姿勢のまま、動かない。ご飯も食べてないし。わたしは、台所に行って、スイカと海苔巻きをお盆にのせた。それから、おじいちゃんの好きなコーラも。テーブルにお盆を置くと、おじいちゃんはパッと目をさました。 「おじいちゃん、花火始まったよ」 「……うん……」 「外に見に行かないの?」 「うん……うちの中で見るから……」 「じゃ、二階に来る? よく見えるよ」 「二階……か」  そして、おじいちゃんは、やっと体を起した。海苔巻きをひとつ箸で挟んで口に持っていく。箸が震えている。口に入れる前、海苔巻きは、畳の上に崩れ落ちた。お昼ごはんを食べたときも、こうだった。わたしが急いでテーブルの下にこぼれたご飯を拾うと、おじいちゃんは小さく頭を下げた。 「スプーン持ってこようか?」  そう言ってから、よけいな事だったかもしれない、と思った。おじいちゃんがスプーンで食べるわけがない。 「……ハナちゃん、花火始まってるけど、見ないのかい?」 「見るよ。二階から見るときれいだけど、おじいちゃんも来ない?」  さっき、同じことを聞いたばかりだった。でも、階段があることを忘れていた。わたしがオンブして上がれるわけではない。 「おじいちゃん、外に出てみる? わたしも行くから」  おじいちゃんは、おばあちゃんの妹達が来てにぎやかに飲んだり食べたりしているところに入って行くのは、気が進まないのかもしれない。わたしは、さっき、お母さんが「ちょっとめんどくさい」と言っていたのを思い出して、おかしくなった。似てないようで、ほんの少し似ている。お母さんは、今、ひとりで暗い二階の部屋から花火を見ている。  おじいちゃんは、急に大きな声で「どっこらしょ!」と掛け声をかけて、ゆっくりと立ち上がった。そして、「ちょっと、着替えてくる」と言い、隣の部屋に足を引きずるようによろよろと歩いて行った。後ろから見ると、ズボンがお尻の半分までずり落ちている。気付いてないのか、自分で上げる様子もない。お母さんはいつもそれを「腰パン」と呼んでからかっている。  お母さんがこういうことを言う時、おばあちゃんや周りにいる人達は、少しハラハラする。おじいちゃんの性格をわかっているから。以前は、突然怒り出すことがよくあった。目をひんむいて真っ赤になって怒りだしたら、止まらない。でも、お母さんは、おじいちゃんが怒る前のスレスレの線を知っているかのように、「昔、さんざん生徒に禁止してたのに、この歳になってグレてどうするわけ?」なんて言う。わたしは、「言いすぎなんじゃないの」と思ったけれど、おじいちゃんは別に、怒ってもいない。それどころか、周りが笑うと、おじいちゃんもつられて少し笑う。言ってる意味を理解しているのかどうなのか、わからないけど。  お母さんのいとこ達は、お母さんのことを、「あの人は、一生反抗期をやってるような人だからね。それが本職のような人だから」と言っていたことがあった。多分、ずっとおじいちゃんとぶつかってきたんだと思う。さっき、片付けていた時に偶然みつけたオレンジ色のバッグを思い出して、お母さんの中学生姿が想像できるような気がした。 「ハナちゃん、行くよ」  襖を開けて、おじいちゃんが出てきた。さっきまで着ていたヨレヨレのシャツから、半袖の白いワイシャツに着替えている。あの写真のように、一番上のボタンを開けて。そして、ちゃんとアイロンの当たったズボンをはいている。はちきれそうなお腹のずっと上の方までズボンを上げて、きつくベルトを締めている。「腰パン」じゃない。それに、靴下まで履いてる。薄いグレーの靴下。仕事に行くような格好だ。 「おじいちゃん、外で花火見るだけだよ」 「ああ。ちゃんと着替えてきたよ」 「花火、だよ」 「ああ」  おじいちゃんは、ゆっくり、大きく頷いた。  玄関で、おじいちゃんが下駄箱から革靴を出そうとしている。 「すぐそこだから、サンダルでいいよ。あと、ソックスだと滑るから脱いだ方がいいよ」  わたしがサンダルをおじいちゃんの前に置くと、おじいちゃんは、ちょっと考え込むような仕草をした。でも、わたしがもう一度、「危ないから、ソックス脱いだ方がいいって」と言うと、「そうか」と言って、苦しそうに屈み、ソックスを脱いだ。  一歩外に出ると、思ったよりも涼しい。おじいちゃんは門のところに立ちどまって、腰に手を当てて空を見上げた。ぐっと胸を張って。一番おじいちゃんらしい格好で。 「きれいだね」  わたしが言うと、「ああ」とうなずく。花火大会は後半のクライマックスになった。菊のようにあちこちにパッパッと鮮やかに咲く花火。アジサイのように、小さいのがまとまってフワッと出てくる花火。それから、大きいのがズドンッ! と広がってから雨のようにシュワーッと流れて落ちるのもある。 「おじいちゃん、どれが一番好き?」  わたしが聞くと、おじいちゃんは空を見上げたまま、言った。 「おじいちゃんは、ナイアガラがいいな」 「なにそれ?」 「ナイアガラ、っていうんだよ」 「そんなのあるの?」 「うん、ここからはよく見えないけど、川の方に行くと、全部きれいに見えるよ」 「見たことあるの?」 「ああ、あるよ、何回も。ながーい線が見えて、そこから滝のように花火が流れ落ちるんだよ。……ナイアガラの滝、すごかったよなあ。なあ、ハナちゃん。みんな合羽着て、写真撮ったよな」  わたしは、一瞬、おじいちゃんがまた変なことを言い出したのかと思って、答えに困った。でも、すぐにわかった。あの写真だ。おじいちゃんとおばあちゃんと、うちの家族みんなで……。みんな一緒だったとき、ニューヨークからカナダに旅行した、あの時のことだ。わたしはまだ二歳だったから、写真を通してしか覚えていない。雨合羽を着て、ナイアガラの滝の裏側で撮った写真があった。お兄ちゃんは、おかっぱ頭で、ウォルター(お父さん)に抱っこされていた。わたしは、お母さんに抱っこされて、親指をくわえていた。  おじいちゃんは、いつものように、胸を張って、あごを引いて、ちょっといばった姿勢で、花火を見上げた。  わたしは、ナイアガラの滝を想像しながら、おじいちゃんの脇に立って、黙って花火を見ていた。  おじいちゃんとおばあちゃんの家には、一晩だけ泊まって、翌日のバスで東京に帰ることになった。朝、庭に水をやって、ご飯を食べて、いつも行くお団子やさんでお団子をいっぱい買ってきたら、もう十一時。そろそろ帰る用意をしないと。  急に、おじいちゃんが、「ちょっと買い物に行ってくるから」と出かけた。お母さんは珍しく心配して、おばあちゃんに「だいじょうぶなの? ひとりで」と聞いたけれど、おばあちゃんは、「ときどきひとりで行くから」と、あまり心配そうでもない。 「お昼ご飯、どうする? おにぎりでも持っていく?」  おばあちゃんに聞かれて、お母さんは、「いいよ、東京に帰ってからどこかで食べる」と言い、さっき買ったお団子を四本、ラップに包んだ。 「お茶だけもらっていくから。あとはもういいよ、間に合わないから」  お母さんは、時計を見ながら、台所にあったきゅうりとなすとトマトを紙袋に入れた。 「じゃ、ありがとね。また来るから」  わたしも急いで、お礼を言った。 「おばあちゃん、ありがとう。また来年来るから。おじいちゃんによろしく言って」 「ハナエ、乗り遅れたら大変。もう行くよ」  お母さんにせかされて、わたしはリュックを背負って、野菜を入れた紙袋を持った。  今日は、朝からジリジリと暑い。バス乗り場はここからすぐなのに、地面からの照り返しだけでも息が詰まるように暑い。最後におじいちゃんに挨拶できなかったのが残念だけど、おじいちゃん、ホントにだいじょうぶなのかな。こんな暑い中、どこまで歩いて行ったんだろう。  バス乗り場に着くと、出発時間の五分前だった。予定よりもさらに五分ぐらい遅れるというアナウンスがあって、わたしは自動販売機から缶ジュースを買って来て、外のベンチに座った。さっきおばあちゃんからもらってきたお茶は、バスに乗ってから飲むように、取っておかないと。 「おじいちゃん、どこ行ったんだろうね」  わたしが聞くと、お母さんは心配そうに言った。 「さぁ……。またどこかで転んでないといいけど」  大きな青いバスが坂を降りてきた。新宿行きの高速バスだ。お母さんは荷物を両手に持って、切符をポケットから取り出した。わたしは、リュックを背負って、袋の中の野菜を確認していると、お母さんに、ツンツンと肩をつつかれた。お母さんがわたしの後ろを見ている。おばあちゃんの車だ。すぐ近くなのに、なんでわざわざ車で来たのかな、と思ったら、おじいちゃんが助手席から降りて、ヨタヨタ歩いてきた。 「どうしたの?」  わたしがびっくりして駆け寄ると、おじいちゃんは、ビニールの袋を差し出して言った。 「これ、お土産だよ。お母さんと二人で、バスの中で食べなさい」  中には、お寿司のパックが入っていた。おじいちゃんは近くのお寿司やさんに行って、注文して詰めてもらったんだそうだ。だから、時間がかかった、って。お母さんは、ついさっき、おばあちゃんに、「暑いから、食べものはいらない。生ものは特に傷むし」と言っていたから、わたしは少しお母さんの反応が心配になった。また何か、おじいちゃんに文句言うんじゃないかな、と思って。でも、おかあさんは、ニコッと笑って、「どうも、どうも」と言って受け取った。 「これ、寿司なんだけど、だいじょうぶか? 食べられるか?」  おじいちゃんは、少し不安そうにお母さんに聞くと、お母さんは、目をそらして、「うん、まあ……だいじょうぶだよ。食べられるよ」と言った。どこまでも、素直にお礼を言わない人だ。でも、おじいちゃんは満足そうに笑った。  運転手さんが、「早くしてください」と言いたげにこっちを見ているので、急いでバスに走った。  運転手さんに切符を渡して、バスに乗る。後ろから三番目の席だ。お母さんに促されて、わたしは窓際に座った。そして、窓の外に向かって、大きく手を振った。おじいちゃんがわたしに気がついて、大きく笑って、手を上げている。おじいちゃんらしくない、珍しく大きな笑顔。手を振る、なんて、普段ないんだと思う。右手を上げて、横に振るんじゃなくて、手を前に押し付けるように動かしている。バスがゆっくりと坂道を上り、わたしはおじいちゃんの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。  ちょっと涙が出そうになって、体を前に戻すと、隣でお母さんが黙々とお寿司を食べていた。 「もう食べてるの?」  わたしは、ちょっとびっくりして聞いた。わたしがずっと手を振っていたのに、隣ではさっさと食べ始めていたなんて、知らなかった。 「あたりまえでしょ。生ものだもん。あんたも早く食べなさい」  お母さんは、それでも、普段よりもゆっくりと食べている。文句も言わず、黙って食べている。それで、ぽつりと言った。 「コンビニ弁当でもよかったのに。……おじいちゃんらしいよね」  そして、ズズッと鼻をすすった。わたしはまたちょっとびっくりしたけど、知らん振りして自分のパックを開けた。おじいちゃんが袋を持って急いで歩いて来たせいか、中のお寿司は、ばらばら状態だ。どの魚がどのご飯についていたのかもわからない。わたしが戸惑っていると、横からお母さんが「箸で、元に戻しなさい。食べればおんなじだよ。おいしいよ」と言った。お母さんがおじいちゃんにもらった食べ物を「おいしいよ」なんて言うのは珍しい。  わたしは、まずタコを食べた。わさびが入りすぎてる。おじいちゃんは、知らないんだ。わたしは、わさびが苦手だってこと。  それから、わさびのついてない玉子を一口でぱくっと食べた。 「おかあさん、来年も来る?」 「うん。……もう何回もないと思うし……」  普段は、最後に一番好きなお寿司を食べるように、とっておくんだけど、わたしは思い切って大好物のイカを、そのまま口に入れた。  わさびがツンと来るけど、もう、いちいち取らない。 「おいしいね」  わたしが言うと、お母さんは、小さい声で言った。 「うん、おいしいね。手を抜かない味だね」  わたしは、突っ立ったまま手を上げていたおじいちゃんの姿を、もう一度思い出した。 [#改ページ]   非色  大晦日の大掃除は、本棚の整理から始めることにした。  毎年、いつも本棚だけやり残していたので、埃がたまる一方だ。とりあえず、本を全部取り出して、一冊ずつ手ぬぐいで拭き始めることにした。  改めて、買った時の状況や読んだ時の気持ちがよみがえってくる。どれも大切なものばかり。絶対欲しい、そばに置いておきたい、と思って買った本ばかりだ。文庫本を買い始めたのは、四年生の終わりごろだったと思う。急に大人になったような気がして、嬉しかった。あれ以来、文庫本はどれも皆、ポケットに入れたり学校に持っていったりしたので、角が傷んでいる。  一番上の左端に、一冊だけまだ読んでいない本があった。ずっと前からこの位置にある、お母さんの本だ。二年前、小学校を卒業した春休み、今のように片付けをしていて気づいた。興味があったというより、むしろ、怖いもの見たさのようなものだった。何しろ、表紙の絵がおどろおどろしい。黄色の渦に黒い影。真ん中には、白い泡のようなものが少しだけ見える。ミステリーとかサスペンスとか、そっち系の感じだ。  実際に読んでみたら、とにかく一段落が長い。今まで読んでいた本とちがって、行間のスペースがほとんどない。内容だってそうだ。「空襲警報」とか「敗戦」とか「食糧難時代」ということばが出てきて、なんか昔っぽい。積極的に読もう、とは思えない。結局、三ページでギブアップして、さっさと本棚の元の位置に戻した。それきり、自分から読みたい、という気にはならなかったので、すっかり忘れていた。  そして、今、中学二年生の冬休み。今回は、少しちがう。文庫本を読むのも一般書にも慣れた。今度は読めるかもしれない。  題名に小さく「ひしょく」と振り仮名がふってあるのも、初めて気付いた。辞書には、「非」というのは「正しくないこと。あやまち。欠点」と書かれている。……ということは、「正しくない色」とか、「欠点のある色」という意味?  作者は有吉佐和子さん。本をひっくり返して見ると、カバーの後ろに、内容が書かれていた。  ———終戦直後、駐留軍キャバレーでアメリカの黒人伍長と知り合い結婚した笑子は、数年後、娘とニューヨークにわたる。しかし、そこに待ち受けていたのは、貧民街ハーレムでの灰色の生活だった。人種偏見を女性作家の目で鋭く凝視した異色作———。  ニューヨーク、ハーレム、人種偏見。  知らなかった。こういう内容だったなんて……。なんで今まで読もうとしなかったんだろう。わたしは掃除を中断して、床に座って本を開いた。  主人公の笑子は、アメリカに渡って、予想以上にひどい人種差別に直面する。黒人の夫はなかなか職業につけず、生活は苦しい。子供も次々と生まれる。笑子は、生活のため、日本料理レストランで働き始める。来る日も来る日も一二五丁目から地下鉄に乗り、五六丁目のレストランに通う。  こういう話、前に聞いた事があるような気がする。  もしかしてフミ子さんのこと?  あまりにも似ている。ちがうのは、フミ子さんには子供がいないこと。それだけだ。  フミ子さんは、よくうちに来ていた韓国人のベビーシッターのおばあさんだ。だんなさんは黒人のアメリカ人で、「戦争で韓国に来た時に知り合って結婚した」という。フミ子さんは、アメリカに来て以来ずっとハーレムに住んでいる。何十年も。「フミ子さん」というのは、つい最近まで働いていた日本料理レストランで使っていた名前で、わたしたちは、フミ子さんの本当の名前は知らない。聞いても、「ややこしい名前だから」と言って、教えてくれなかった。  フミ子さんは、わたしが幼稚園に入るまでは、毎日来ていた。その後も、となりのユジンの家に毎日来ていたから、わたしがそっちに遊びに行ったり、フミ子さんがユジンを連れてうちに来たりしていた。フミ子さんがユジンを負ぶって、ホールを行ったり来たりしながら低い声で子守唄を歌っていたのを、今でもほんの少し、覚えている。  フミ子さんは、おばあちゃん代わりだった。もうすぐ七十歳と言っていたけれど、そんなふうに見えない。爪が細くて薄い色のマニキュアをしている。しわがあっても、きれいな手だった。それは、「ウエイトレスとして何十年も働いていたから」だと言う。ワセリンをたっぷり手に塗っていたので、いつも手が少し光っていた。髪は自分で切るそうだ。いつもきれいにまとめてある。そして、いつも黒っぽいズボンに明るめの色のシャツを着ていた。  わたしが一番覚えているのは、フミ子さんのやさしい話し方だ。わたしの周りで日本語を話していたのは、お母さんと、お母さんの友達と、たまに行く日本のお店の人だけだけれど、フミ子さんの日本語が一番やわらかくてやさしかった。それは、例えば話している時の抑揚。センテンスの終わりがきれいに包まれるように話す。日本人じゃないのに、日本人よりもきれいな話し方。「日本から先生が来て、日本語を教えられたから。学校では日本語以外禁止されていたから」だそうだ。だから、日本料理レストランで働き始めた時、「なまりもなくて、きれいな日本語を話す人」と言われたのが自慢だという。  レストランをやめたのは、足が悪くなったことが原因だそうだ。確かにフミ子さんは足を引きずっていて、ユジンを負ぶっている時はそれが目立った。床に座る時も、左の足は曲げられない。 「ずっと立ち仕事だったから、ですか?」  お母さんが聞くと、フミ子さんは答える代わりに「だいじょぶ、だいじょぶ」と言って笑った。  ずっと後になって、お母さんから、「フミ子さんは、昔、朝九時から夜中の十二時まで着物を着てレストランで働いていたんだって」と聞かされた。仕事の帰り、地下鉄の駅を降りてバスに乗り換えるとき、「足が棒のようで」草履を脱いで裸足で歩いたことが何度もあった、と。わたしは、フミ子さんとお母さんがこの話をしていた時のことは、はっきり覚えている。お母さんたちはリビングで話していて、わたしとお兄ちゃんはビデオを観ていた。「草履を脱いで、裸足で歩いた」というのが聞こえたとき、疲れ切って草履を持って歩いているフミ子さんの姿を想像して、それが強烈に頭に残った。  本当によく似ている。『非色』の笑子に。  レストランの仕事は、一生懸命やればチップもたくさんもらえて、やりがいがある、だから、機会があればまたレストランで働きたい、ただ、足が思うように動かない———フミ子さんは時々そう言っていた。  わたしは、フミ子さんがうちに来るのが楽しみだった。お母さんがいる時は、図書館に行ったり公園に行ったり、雨の日は地下のプレイルームに行ったりしたけれど、いっしょに遊ぶ、ということはなかった。お母さんはいつも本を読んでいる。図書館でも、公園でも、プレイルームでも。それで、最後に、「じゃ、そろそろ帰ろうか」と言って立ち上がる。でも、フミ子さんは、いつもわたしとお兄ちゃんを見ている。一緒に遊んでくれる。バッグには、いろんなお菓子やコーン茶の水筒も入っていて、公園でお腹がすくと、すぐに何か取り出してくれた。  お昼は、だいたいフミ子さんが作って持ってきた、キンパかナムルだった。キンパは韓国風のり巻のことで、ごま油の香りがする。わたしは日本の海苔巻きよりも好きだった。キンパがないときは、うちのご飯を韓国海苔で巻いてくれる。ナムルは、ほうれん草とモヤシが一番おいしかった。足りない時は、冷蔵庫に残っている野菜を使って、パパッとナムルを作ってくれた。それから、お兄ちゃんが大好きで「パリパリ」と名づけた、昆布を揚げて砂糖をまぶしたお菓子も、手早く作ってくれた。  フミ子さんはベビーシッターなのに、「いいから、いいから」と言って、お母さんにお金を返すことが多かった。特に、お母さんが病気で寝込んだ時はそうだった。隣のユジンのお母さんから聞いたのか、そういう時は、すぐに来てくれた。お兄ちゃんがドアを開けると、食べ物をいっぱい持って、心配そうに入ってきた。 「これですぐ良くなるから」と言って、キムチとご飯をテーブルに並べる。そして、温かいコーン茶をいっぱい作ってテーブルの上に置いておく。 「キムチ食べて、あったかいお茶をいっぱい飲んで、ぐっすり寝て、汗をかけば、明日の朝には良くなってますよ」と言いながら、熱いお茶をカップに注ぐ。フミ子さんは、「三十五年間レストランで働いていて、一日も休んだことがなかったのは、キムチとコーン茶のおかげ」、と言っていた。  わたしとお兄ちゃんにご飯を食べさせて、片付けて、フミ子さんは、九時ごろまで家にいてくれた。フミ子さんが遅くなった日は、ウォルター(お父さん)が帰って来てから車で送ることになっていた。でも、フミ子さんは、「送っていく」というのを聞かずにさっさと帰ってしまったことが何度かあった。「バスで帰れるから、だいじょうぶ」と言って。逃げるように小走りで外に出てしまう。  でも、お母さんがインフルエンザになって寝込んだときは、フミ子さんの帰りがいつもより遅くなってしまったうえに、雨から雪に変わったので、ウォルターが強く引き止めた。わたしとお兄ちゃんも車で一緒に送って行くことになり、急いでダウンジャケットを着ると、フミ子さんは、ちょっと困ったような顔をして、「じゃ、ちょっと電話を使っていいですか」と言い、キッチンの電話を取った。  わたしとお兄ちゃんは、ブーツを履いて、帽子も被って、ドアのところで待っていた。別に聞く気はなかったけれど、フミ子さんがだんなさんと英語で話している声が聞こえてきた。なんだかいつもとちがう。声の大きさも、話し方も。  英語のはずだけれど、話していることがよくわからない。日本語を話すときのやさしい上品な感じとは全然ちがって、別人みたいだ。同じフロアの人が、フミ子さんのことを「ブラックイングリッシュを話すコリアンレディ」と言っていたことがある。  今になって、そうだったのか、と思う。『非色』の中で笑子さんが「必死になって直そうと努力していたニグロなまり」というのは、フミ子さんが話していた英語と同じだ。  フミ子さんが住んでいるのは、ここから「少し上の方」にある、「アッパーハーレム」。にぎやかな一二五丁目を突っ切っていく。『非色』の笑子が住んでいたという通りだ。お兄ちゃんが通っているダンススクールを過ぎて、「イースト」に向かった。ハーレムには、たまにすごく豪華な家がある。古くて、がっしりして、出窓やステンドグラスがあったりもする。でも、フミ子さんが住んでいた地域はちょっと雰囲気がちがう。あんまり灯りがないし、淋しい感じだ。広い通りに同じような建物がいっぱい見えてきて、ロータリーのようなところで、フミ子さんは、ウォルターに「ヒア」と言った。そして、急ぐように「サンキュー」と言って車を降りた。バス停の前にいる黒人のおばさん達がフミ子さんに声をかけると、フミ子さんはうなずいて何か話している。そして、建物の間の道を奥に入って行った。フミ子さんは、すごく自然で、この建物にもこの地域にも馴染んでいる。  わたしは、帰り道、ずっと車の窓に顔を近づけて、昔、フミ子さんが着物を着て、草履を持って裸足で歩いていたかもしれない道を目で追っていた。  フミ子さんから、一度だけ、だんなさんの話を聞いたことがある。わたしとお兄ちゃんが、泥だらけになったソックスをポンと脱ぎ捨てた時だった。フミ子さんはソックスを拾いながら、「洗濯する前に、シンクで泥を落とさないとね」と言った。そして、「自分でやってごらん、おばあちゃん、教えてあげるから。石鹸つけて、ちょっとゴシゴシってこすればきれいに落ちるから」と言い、わたしとお兄ちゃんをバスルームのシンクに連れていった。 「おばあちゃんのハズバンドも、毎日、自分でソックスと下着を洗うのよ」 「へー、なんで?」  わたしは、洗濯は、地下の大きなランドリールームでするものだと思っていたから、なんでわざわざ別にするのか、不思議だった。 「小さいものは、すぐに洗えるでしょ」 「自分で洗うの?」 「むかし、兵隊さんだった頃、自分でソックスと下着を洗っていたからね」 「むかし、兵隊さんって、今は?」 「今はもう年取って、仕事をしてないの」 「ふうん……」  フミ子さんは、わたし達を見て言った。 「子供がいないからね。うちは。子供がいたらどうだったかしら」  そして、お兄ちゃんのサラサラの茶色い髪を撫でながら言った。 「子供って言っても、白人の子じゃないけれど」  フミ子さんは、わたし達をいつも「白人の子」と言っていた。日本語でも英語でも、わたし達は「白人」じゃないのに。  アメリカの学校では「ミックス」と言われていて、日本に来てからは「ハーフ」ということばを聞いた。「アメリカ人」とも言われたけれど、その度にお兄ちゃんは、「ちがうよ。ミックスだよ」と言った。この間、友達と電車に乗っていた時、すごく背の高い金髪の男の人がいたので、わたしが「ガイジンだ」というと、友達から「おまえもだろ」と言われた。  わたしは———何?  アメリカの学校にいた時は、肌の色も髪も、目の色も、みんなちがっていて当たり前だった。それが「スペシャル」で「ユニーク」だ、と先生からも言われていた。だから、わたしが日本に帰って来て、周りにジロジロ見られても、最後は「別にいいや、わたしはスペシャルだから」と思っていた。わたしの原点は「I Like Me!」だったから。  ちがっていて当たり前、それがいいんだ。そう思っていたけれど、わたしが知らなかったことがある。それは、肌の色がちがうことで「低く」見られること。排除されること。 「ちがっている」のは「スペシャル」なこと、なんて、きれいごとなのかもしれない。  人が本当に他の人を理解するなんて……できるのかな。  お兄ちゃんは、よく、「お母さんとハナエが日本に帰って、俺とウォルターがクイーンズに引っ越した後……その頃の俺のことなんてわかるわけない」と言っていた。 「俺の周りはブラックとかヒスパニックばかりで、白人と日本人のミックスなんて俺だけだったんだよ。俺、何て呼ばれてたと思う? ……チンクだぜ!」 「チンクってなに?」  わたしが言うと、怒りを抑えて、お兄ちゃんはボソッと言った。 「チャイニーズのことだよ」 「モトイ、中国人だと思われたの?」 「むこうから見れば、アジア人だよ。だから、みんなひっくるめてそう言うんだよ」 「でも、まるっきりアジア人、とは見えないじゃん」 「俺、アングロじゃないよ。目や鼻が白人じゃないし、あいつらから見れば、おれはバリバリのアジア人だよ。日本にいれば、ガイジンだけど」 「へーえ……」 「チャイニーズはチャイニーズ、コリアンはコリアンで固まって仲間意識があるけど、俺みたいな中途半端なのはいないんだよ。どこにも行き場がなくて、どこにも属さなくて……そういうの、わざと言われるんだよ、チンクって」 「……日本人は」 「あのさあ、だいたいニューヨークにいる日本人は、みんな郊外の高級住宅地に住んでるんだよ。そんでもって、俺、ハッキリ言って、そういう日本人とはつきあい全くなかったの。……まあな、あんなゲットーにいたら」 「ゲットーって?」 「ゲットーはゲットーだよ……どうせわかんねえよ、ハナエには。ハナエは、俺とはちがうんだよ。ニューヨークの、マンハッタンの、いいとこしか見てないんだよ。お母さんだって同じだよ。前に住んでいたところは、あそこは特別だよ。インテリ連中が、多様性とか何とか言ってるけど、あの大学の周りは、特別なんだよ。結局、お前らはあそこしか知らないんだよ」  わたしは、ただ黙ってお兄ちゃんから目をそらした。ことばも出ないし、真っ直ぐに顔を見ることもできない。どうしていいのかわからない。お兄ちゃんは諦めるように、フッと笑って言った。 「ハナエと俺とは、見てきたものがあまりにもちがうんだよ」  見てきたものがちがう。  食べたものがちがう。  住んでたところがちがう。  友達がちがう。  ことばがちがう。  生きてきた場所がちがう。  それで……本当にわかると思うか、おまえ?  相手のことを理解するなんて、できると思うか?  わたしは、日本に来て、ことばがわからなくて、自分の思っていることが言えなくて、いやだなあと思ったことはあった。自分だけが茶色の髪で目立つのがいやで、黒くしたい、とお母さんに言ったことがあった。でも、それは周りよりも低く見られたからじゃない。肌の色や髪の色が原因で排除されたということはない。  差別されて、それでも「I Like Me!」なんて思えるかどうか、それでも「スペシャル」だと言えるかどうか……わからない。  今日、学校帰りに夕日が見たくなって、大好きな場所に向かった。学校からは地下鉄で一つ目の駅。  ここは公共の建物だけれど、いつ来ても適度なスペースがある。エレベーターに乗ると、わたしはすぐに二十五階のボタンを押した。行き先は、展望ラウンジ。友達も、誰も来ない、たまにわたしが一人きりになる場所だ。  もうすぐ五時。多分、夕日を見るのは間に合わない。  エレベーターが開いて、細い通路を急いで歩いて窓に向かった。新宿の高層ビルの向こうに夕焼けがサーッと広がっている。学校から駅に向かうとき、日が沈みそうだったから、やっぱり間に合わなかった。窓のところに、ずらっとおじさんの団体が並んで、カメラを持って夕焼けを撮っている。空全体はぼんやりと暗く、都庁の左うしろの方に、かすかに富士山が見える。新宿の高層ビルの左側には尖った塔のようなのが見えるけれど、あれは何だろう。説明の地図にも、何も書いてない。わたしが航空写真の地図と見比べていると、右後ろで大学生ぐらいの男の人と女の人が話しているのが聞こえてきた。 「あれ、何?」 「あの、エンパイア・ステイト・ビルみたいなやつ?」 「そうそう」  わたしは、思わず振り向いた。「ニューヨーク名物の高層建築」というエンパイア・ステイト・ビル。『非色』の最後に、笑子が行くところだ。  ———笑子は、日本人としてではなく、夫や子供と同じく、黒人社会の中で生きていこう、と決心し、ワシントンの桜を見に行くよりも、子供達を連れて、「エンパイア・ステイト・ビルに上って、地上を眺望してみよう」と思った。———  さっきの男の人が言った。 「ああ、あれは代々木の駅前にあるビルだよ。似てるよね。ニューヨークの本物に」  わたしは、エンパイア・ステイト・ビルがニューヨークのどこにあるのか知らない。見たこともない。でも、なんだかマンハッタンに戻ったような、不思議な気持ちになった。  少し歩いて右側に移動すると、池袋サンシャインビルが見える。その左手前には、わたしの学校がある。ごちゃごちゃしていて、何がなんだかよくわからない。右側にうっそうとしているのは、小石川植物園。植物園の、あの緑の向こうにわたしが通っていた小学校がある。うちのマンションなんて……もちろん、見えるわけがない。  突然、おばさんのグループが移動してきた。わたしの後ろから航空写真を覗き込んで、「どこ、どこ?」と騒ぎ始めた。 「あらぁ、サンシャインってここなのね。」 「ここって、さっき行った植物園じゃない?」 「近いのね。歩いていけるんじゃないの?」  え? それはないと思うけど……わたしがびっくりして振り向くのと同時に、ツアーガイドのお姉さんが、やさしく言った。 「歩いて、というのはちょっと無理ですね。それは上から撮った写真ですから。こっちから見てください。ずいぶん離れてますよね」 「あーら、ほんと」  おばさん達がドッと笑う。そして、「あっちは動物園よ」と言いながら、右側に移動して行った。  航空写真で見ると、何もかもが近くに見える。池袋も、秩父も、新宿も、富士山も、みんなひとつの絵におさまっている。少し右側に来ると、上野や浅草がある。そして、顔を上げると、ガラス張りの向こうに、東京が広がっている。東京で一番高いところじゃないのに、こんなにいろんなものが見える。  上から見ると、見えなくなってしまうものもある。でも、下では見えなかったものが見える。  空は灰色がかった青と黒が混じって、もう、夕焼けが見えなくなった。その代わり、下を走る車のライトが大きく流れて見える。  わたしはもういちど、最初の場所に戻ってみた。高層ビルと、エンパイア・ステイト・ビルみたいな塔と、富士山が一緒になって見える場所。  また明日、もう少し早い時間に来て見よう。きっと、夕焼けの前の景色が見えると思う。 [#改ページ]  あとがき  いつも本があった。  自分の本棚に並んでいる本を見ていると、一冊一冊、読んだ頃のことを思い出す。小さい頃に買ってもらった数少ない本は、背表紙がボロボロだ。引越しの度に、いつも自分で箱に入れて、どこに移動するにも一緒だった。一番上の段にある本を開くと、アメリカのアパートやグランマの家のにおいがする。  図書館には、しょっちゅう行った。  ニューヨークでは、カートをガラガラ引っ張って毎日のように通った。日本に来てからは、貸し出し用の黄色い袋を持って行く。図書館は、母と待ち合わせをしたり、ひとりでソファに座って長時間好きな本を読んだり、ケンカをした友達と仲直りした場所でもある。今でもお世話になっているし、これからもずっとそうだと思う。  図書館で出会った多くの本の中で、何度も繰り返し読む本は、買うようになった。近くにあると安心する。「ここにいるよ」と見守られて、「オッス!」と気合を入れられて、こういう本があるだけで、元気になれるような気がする。  これらの本は、わたしのアルバム代わりでもある。『I Like Me!』から始まって、『はせがわくんきらいや』や『ココナッツ』、『小さき者へ』、『卒業』、『非色』などの背表紙を見ると、あの頃の自分だけでなく、そこにいてくれた人達を思い出す。さっちゃんが猛スピードで自転車で走っていた姿、山下君のカシミヤのマフラー、沙羅のお父さんが作ってくれたお弁当、おじいちゃんに買ってもらったお寿司、フミ子さんに作ってもらった韓国のり巻き——。その頃の写真は一枚も残っていないけれど、本を見ると、必ず思い出す。くっきりと鮮明に、目の前に浮かんでくる。  大切な思い出は、必ず本と結びついている。  本との出会いや、本にまつわる思い出を書いてみたら、と勧めて下さったのは、筑摩書房の松田哲夫さんだ。ちょうど一年前になる。  それで、二〇〇五年の夏から少しずつ書き始めた。その頃、わたしはまだ原稿を手書きで書いていた。消しゴムのかすが残っているような、鉛筆で書いた原稿を松田さんに持って行ったのを覚えている。なんだかずっと前のことのように思える。  実際に書き始めると、思った以上に時間がかかった。小さい頃の思い出は、忘れていたこと、あいまいなこと、自分のかんちがいだったこと、時間が入れ替わっていたことなど、ぐちゃぐちゃになったことを整理しなければならなかった。そして、自分の記憶を修正しながら書き直しているうちに、大切だと思ってきたことが、自然に繋がってきた。  最初にリストアップした本から変更したものや、ひとつにまとめたものもあった。一旦書き終えてから変更したのは、『愛のしらべシューマン』。本来は後藤竜二さんの『12歳たちの伝説』に焦点を当てようと思ったのだけれど、実際に書いてみたら、その頃の思い出は『愛のしらべシューマン』に繋がっていた。  ここに書いた本がわたしのベスト14というわけではない。他にも書きたい本がたくさんあった。重松清さんの本は、わたしの思い入れの強い本ばかりで、すごく迷った。最初、それこそ『マイ・フェイバリット重松清ブックス』になってしまうのではないか、と思ったほどだ。結局二つに絞ったけれど、筑摩書房の松田さんから、「重松さんの本だけ二冊出てますよ。気づいてますか」と言われて、他とのバランスを取るために一冊にしようかと思ったけれど、どちらも削除できなかった。重松さんの本は、いつもインパクトが強い。強すぎる。  わたしは小さい頃から自分の好きなものしか読まない、という怠け者だ。少しくらい難しくても無理して読んでみる、とか、最後まで読んだ達成感を味わう、という経験がほとんどない。「ピンとこない」と思ったら、すぐに止めてしまう。でも、不思議なことに、そういう本は、少し時間を置いてからもう一度会うと、その時の自分にぴったり合って感動することもある、ということもわかってきた。例えば、『非色』との出会いがそうだ。本との出会いは、相性もあるし、時期もある。一番いい時期に『非色』に出会えたことは、わたしにとっては本当に幸運だった。こういう本がいてくれたことに、感謝する。  この一年間、大きな変化があった。「書く」ことを積極的に選び、これから何を軸にするか、ということを自分で決めた。そして、松田哲夫さんからは、ことばの力の大きさを教えられた。ことばで自分を伝えることの意味と、それ故にひとつひとつのことばを大切にしなければならないこと。そういうことを考えながらの原稿だったので、何度も書き直しをしているうちに、PCの前に座る時間が多くなった。気づいたら、『ぼっこ』の辺りからは筆にスピードがついてきた。内容も書き方も、この一年で……つまり、最初の篇から比べると、書き方も変わってきたと思う。全部書き終える頃になって、初期のものをもう一度最初から書き直すべきかと思ったけれど、このまま残すことにした。  何度も直し、時間をかけて書いた結果、自分でも好きだと思える本になった。まだまだ反省点が多々あるけれど、わたし自身、描きたかった人と、もういちど出会えたのは、本当にうれしい。『小学生日記』が出版されてから三年。名前を「華恵」に改めて、初めての作品だ。この本には、「これがわたしです」というメッセージを込めたつもりだ。  筑摩書房の松田さんには、辛抱強く待って頂き、ご迷惑もご心配もおかけしました。半年で書き上げる予定が大幅に延びてしまったにもかかわらず、いつも励まして下さり、ほんとうにありがとうございました。  吉田篤弘さんと吉田浩美さんに装幀して頂いたことは、光栄です。重松清さんの『その日のまえに』の表紙が印象的で、ずっと頭に残っていたので、お二人にお願いできる、と知ったときは、うれしくて、本ができるのが待ちきれなくなりました。  それから、一編一編に挿絵を描いてくださったすがわらけいこさん、ありがとうございます。  母の幼友達のすがわらさんに初めて会った時、わたしはまだ六歳だった。すがわらさんに連れて行ってもらった湘南海岸で、初めて日本の海を見た。すがわらさんは、手紙やファクスにいつも絵を描いて送って下さった。いつか、わたしの本にイラストを描いて欲しい、と漠然と思っていたので、今回実現して、ほんとうに嬉しい。  ずっと本と一緒だった。アメリカでも、日本に来ても、一人のときも、いろんな人に出会ったときも。  だから、やっぱり、いつもわたしと一緒にいてくれた本たちに、改めてお礼を言いたい。  そして、最後になりましたが、この本を読んでくださった皆様、ありがとうございました。  わたしもいつか、誰かの思い出の情景の一部になれるような本を書きたいと思っています。  二〇〇六年五月 [#地付き]華恵 この本に登場した本 [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] "I Like Me!", Nancy Carlson, Puffin Books (1988) "Deputy Dan and the Bank Robbers", Joseph Rosenbloom, Random House (1985) "Goodnight Moon", Margaret Wise Brown, Harper & Row,publishers (1975) "Madeline", Ludwig Bemelmans, Puffin Books (1977) "Yo! Yes?", Chris Raschka, Orchard Books (1993) "Green Eggs and Ham", Dr.Seuss, Random House (1988) 『てぶくろを買いに』新美南吉、大日本図書 (1993) 『きつねとぶどう』坪田譲治、白泉社 (1989) 『はせがわくんきらいや』長谷川集平、すばる書房 (1976) 温羅書房 (1993) 『ぼっこ』富安陽子、偕成社 (1998) 『愛のしらべシューマン』江間章子、音楽之友社 (1981) 『小さき者へ』重松清、毎日新聞社 (2002) 『ココナッツ』山本文緒、角川文庫 (2000) 『卒業』重松清、新潮社 (2004) 『非色』有吉佐和子、中央公論社 (1964) 角川文庫 (1968) [#ここで字下げ終わり] 華恵(はなえ) 一九九一年四月二八日、アメリカ生まれ。六歳の時から日本に住む。十歳からファッション誌でモデルとして活動。二〇〇三年、短編映画「ハナとオジサン」で女優デビューし、TSUTAYAのTVCMや「ガチャガチャポン!」(フジテレビ)などで活躍する。二〇〇〇年、第五〇回全国小・中学校作文コンクール東京都審査・読売新聞社賞受賞、二〇〇二年、第五二回全国小・中学校作文コンクール文部科学大臣賞受賞。二〇〇三年には、『小学生日記』(プレビジョン/角川文庫)を刊行し、よしもとばなな氏、重松清氏、石田衣良氏などから、その素直な感性と文章を高く評価される。二〇〇四年度・ブランチBOOK大賞新人賞受賞。(二〇〇六年一月から筆名・芸名を hanae* から華恵に変更した。) 本作品は二〇〇六年七月、筑摩書房より刊行された。